黒い表紙に、すこしだけ見覚えのあるボンゴレマーク。開きっぱなしにしていたページには、自分の記憶よりも成長した一人の青年。


イタリアマフィアボンゴレ
10代目沢田綱吉
年齢23 出生地 日本
家族構成 父/家光(門外顧問) 母/一般人 妹/一般人(故)

その他もろもろの情報の記載が書き連ねられたページ。
もちろん、ほかの人間の情報…それこそ彼女が信頼をおいていた雲雀恭弥の情報も書いてあったのだが、自分の一番の興味はやはり、片割れである彼だった。


『もう大人だね、お兄ちゃん。』


写真のなかにいる彼は、否、彼等は自分が知っているよりもずっとずっと大人になっていた。成長しないのは、時間を止めたままなのは己だけ。
さらりと優しく写真を撫でて息をはいて、目を閉じる。

思い出せるような、楽しい記憶を自分は彼とうみだしてなどいないが…、ひとつだけ引っ掛かっていることがあるのだ。
それは、一体なんなのか、知りたいようで知りたくないと言うのも、また、事実。

ノックオンが、3回。
『Si』となつみが返事をして立ち上がってファイルを閉じた。
いつもよりひらひらとした重みのあるドレスと高いヒールにわずかに体が揺れたが、すぐに姿勢をただす。
ついでドアが開き、顔を覗かせるのは優しい笑みを浮かべた桔梗である。
美しい髪をなびかせてなつみのそばまで歩いてきては「体調はどうですか?」と優しくその髪を撫でた。


『はい。大丈夫です。今日もよろしくお願いします。』


彼に満面の笑みを向けてなつみは笑う。綺麗な姿勢を保ったまま礼をして、しっかりと目を見た。
そんな彼女に手をさしのべれば、迷いなくその手をとる。


「今日はすこし応用を」
『はい。兄様』


静かになり始めたメトロノームにあわせて、桔梗がカウントをとる。3カウントからは、曲を想定して体が動いた。

最初の頃は、ヒールに足がついていかず何度も何度も床を滑ってしまった。何より何度桔梗の足を踏んでしまったかわからない。
けれどその度に「昨日よりずっと上達していますよ」と彼は笑う。終われば、素直に誉めてくれる。認めてくれる。
それが、なつみにとってひどく暖かくて幸せだった。




ひとしきりステップの練習をして、止まり。すこし離れた距離で互いに礼をする。一拍おいたあとに「随分動けるようになりましたね。さすがです。」と桔梗は笑った。
目が覚めてから声を出すまでに時間もかかったが自分の足で立てるようになるのはもっと時間がかかった。
正直考えると自分がここまで動けるようになるなんて思いもしなかった。何よりも、ダンスはこの近距離で呼吸をあわせていかなくてはいけない。
それは相手の気配を、呼吸を読むことが盛大に求められる。いままで単独で、独りで生きてきたなつみには到底難しいことだったが、今こうしているのは苦じゃない。まだ、苦手だが。


『兄様の教え方が上手なんです。』
「ありがとうございます。ですが何よりもあなたの成長はあなただけのものです。もっと自信をもってもいいんですよ」 


距離が再び近づいて、優しくいつもの通り頭が撫でられる。
それに目を細めていたのだが、「桔梗クンのそんな穏やかな顔珍しいー」と聞きなれた声が聞こえてくればなつみと桔梗の視線はドアに向けられた。


「うん。いい顔だね、なつみチャン。僕とも一曲踊ってくれるかな。」
『ありがとうございます。でもまだまだ基礎しかできてませんから』


かつかつとブーツのそこをならしながら二人に近づいてくるのは彼女を助けた白蘭。味方だとわかっているのだが相変わらずつかめないところも多くてすこしだけ苦手意識がある。それを本人はきっと理解していているだろう。ただ、それでも恩人にはかわりないのだ。


「ところで。例の作戦、考えてくれた?」
『………はい。』


桔梗の視線が、テーブルの上のボンゴレ機密ファイルに向けられる。あぁ、彼女も参加するのか、と。


「いいんだよ?君の体はほかの人間よりも脆い。……僕たちが壊してあげても。」
『そんなことのために、私は生きているわけではありません。私は、私がしたいことをします。』


止めることなど、できるだろうか。と白蘭は思う。
目の前の彼女の目はとっくに決まりまっすぐとアメジストの瞳を、同じ色の瞳にぶつけているのだ。
あったこともない彼女の本物の兄もきっと、覚悟を決めたときには、彼女と違う色の同じ覚悟の瞳をもつのだろうと悠々と想像できた。

そういうところは、きっと似ているんだろうね。そして多分相容れなかったところだ。
だって、この子のこの目を前にしたら全部暴かれそうな不思議さがある。



190106




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