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私がここにいるのは念のための検査入院であって、元々長居はしないし、退院は今週末という話もした。だからこそ、急がなければいけなかったのは事実である。

余っていたビーズを集めて祈る。
どうか、彼の悪夢が遠ざかりますように、と。




「うわ、その隈どうしたの?」


朝、あって一番に私の顔を見て幸村さんが言ったのはその言葉だった。苦笑いしかこぼれないのはそれが事実だからだ。
きっと若干顔色も悪いんだろうなとは思うけど、笑って『怖い夢をみて、寝れなくて』と告げれば彼はキョトンとした。


「モニカちゃんも怖いものあるんだね」
『私をなんだと思ってるんですか、いっぱいありますよ。』
「そうは、見えなかったから。」


幸村さんは私のことを一体なんだと思っているのだろうか。苦笑いをしてしまうが、私にだって怖いものぐらいある。


『もうすぐ、夏ですね。』


ポツリと言ったのは半分反射だ。そう、夏が来る。私の大嫌いな季節が来る。それだけで怖いと思うのだから私は怖いものだらけだ。

でも、きっとそれは幸村さんもだろう。
きっと、怖いというよりも追い詰められてるといった方がいいかもしれないけれど。

二人きりの病室はひどく静だ。


「そう、だね」
『私、もうすぐ退院するんです。』


少し、歯切れが悪くなった彼の言葉に重ねて言った。そうすれば驚いたように私を見た彼。


「もともと、検査入院でしたから。怪我の治り具合もいいし、もともと長期ってことでとってはないんです。」


私は病気で入院しているわけではないから、先に退院することはまぁわかってはいたのだけれど、一瞬だけ彼の眼は不安そうに揺れて、でもすぐに「そっか、よかったね!」と笑顔になった。
ずいぶんと、つらそうな。


『幸村さん。』
「うん?」
『手作りなので、あまりクオリティは高いとは言えないんですが、この間勉強を教えてもらったお礼に、』


彼は怯えている。
何かに、というのはあの夢なんだろうけど、私がずっとそばにいることはできないから。

しゃらり、と小さな音を立ててそれを彼の前に吊るす。どうすればきょとりと彼の目が不思議そうに揺れる羽をとらえた。


『ドリームキャッチャーっていうんです。聞いたことあるかもしれませんが。』


彼のイメージである淡い蒼色をベースに、白い羽を下げて、朝露を意味するそこには小さめの水晶と翡翠を。少しうるさくなってしまうかと心配したがもともとが薄い色だからセーフか。

少しでも悪夢を遠ざけてくれるようにと。


「これ、ドリームキャッチャーっていうんだ。前によく見たことはあったけど名前は知らなかったな。」
『もともとインディアン系のお守りですから。』
「お守り?」
『はい。お守り。』



網目は蜘蛛の巣。ビーズは朝露。
悪い夢を蜘蛛の巣が取り去って、いい夢は羽伝って降りていく。

悪夢から子供を守りたいと、親が作ったお守り。


『天然石使っているのでたまに浄化は必要なんですが、桑原さんが詳しいと思うので』
「ねぇ、モニカちゃん?」
『はい?』
「もしかして、隈の原因って」
『内緒。』


『要らなかったら捨ててください』と笑顔で伝えれば「こんなきれいなもの捨てないよ」と彼は受け取ったそれを日の光に当てた。
きらきらと光る水晶が、きっと彼を守ってくれると、そう信じて。





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