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パシャリ…


部室にまいた水が跳ねて音をたてる。むろん人払いはしておいた。ただ問題はこの部室が鬼門の近くにあるからしっかりと機能するかということだ。因みに鬼門…とは、むかしでいう丑寅の方角、今でいう北東を指している。

邪気の集まりやすい場所として、少々すかないのだが、まあ仕方がない…ふぅっと息を吐いて目を閉じる。
そうすれば静かに私の足元の水が波紋を描き、そして宙へと浮いた。


『さがして』


呟くように言ったのはその言葉。

パシャン

浮いていた水が床に落ちて散らばったあとは…時間がかかるが待つだけだ。


「モニカさん、すまへんなぁ」
『別にいいですよ、どうせやることもありませんし。』


その間、何ができることはないかと、思った私が起こしたのは部室の外に出てテニス部の練習を手伝うことだった。といっても、ドリンクを運ぶ手伝いをしたりすることだ。それに、白石さんが一言そういったが、地味に彼も人使いが荒いのだ。

ボール拾いをする際に「飛んできて危なかったらこれでちゃんと守るんやで」とラケットを渡されたからもれなく飛んでくることは確定する。

コートに入るのが怖いなぁとか思うけど、とりあえずグリップとか握ってしまうのは癖だ、仕方ない。


「なーなーネーちゃん!ネーちゃんはテニスしたことあるん?」
『うん、小さい頃にね。』
「ほんま! ならワイとしあいせぇへんか!」
「金ちゃんあまり困らせたらアカンで?」


でも、本当にここはは、酷くにぎやかだ。大阪っていのがあるのもそうだが・・・だが私たちとは系統が違う。

確かに桃君も明るいし、楽しいけどここは楽しいっていうよりかは、馬鹿騒ぎって感じだ。でも、これぐらいうるさくても楽しい気はするけど、私は苦手だ。やっぱり、今までずっと独りで居たからだろうか・・・・


『うん、相手なんて出来ないよ、私は弱いから。 でも、ありがとう』
「えー、ならワイが」
『それに今回は仕事できたから、仕事が終わったら教えて』


「ほんま!」と、先ほどの同じようにきらきらとした目でいうから『ほんまほんま。』と彼を真似して笑って見せれば「はよ仕事終わらせてぇな!」と赤い髪を揺らして遠山君が笑った。あぁ、本当明るい子だ。


『(指が、熱い)』


でも、それとは裏腹に、指が…むしろ糸がひどく熱い。この近くに、呪をかけた人がいるって言うことなんだろうか
とりあえずこのボール拾いが終わったらいったんオサムちゃんのところに戻ろうかな、と思ったがそれは甘い考えだったようだ。結局、最後の最後まで部活のお手伝いをして、部員が全員帰るまで手伝うはめになる。


それで、今。


『オサムちゃんの鬼畜ー』
「すまへんなぁ、丁度人手がたりなかったんやからしゃぁないやろ。」


ぐでーっと誰も居なくなった部室のテーブルの上に、身体を投げ出す。
実を言うと持続系の術は苦手なんだ。そこまで集中力が持たないから・・・。


「にしても、お前がテニスやってたなんて初耳やで。」
『誰にも言って無いもん。』
「なら、こっち越してきてテニス部のマネやってくれへんかー」
『・・・うたるっぞ、ぬしゃ』
「は?」
『殴るぞテメェ』
「ちょ、棒読みでも怖いもんは怖いで!」
『千歳さんが教えてくれました』


でも、オサムちゃんが言った言葉にイラッとする。ただでさえ、こんな雑用が苦手だというのに、私をストレスで殺す気か。まぁ、何を言われようが東京に帰るけれど・・・

オサムちゃんがリアルにリアクションをとってくれるから、本当はすごく面白とか、思ってしまう。ごめんねオサムちゃん。


「さて、本題に戻すで・・・見つかりそうか?」


けれど、ずんっと空気が重くなる。
オサムちゃんの一言からだ。まぁ、当たり前だろう、

第一にオサムちゃんは教師だし、何より大切な教え子選手だ。それに、プライドが許さないだろう。私だって、私の目の届くところでこんなことがあったら死に物狂いでその相手を潰す。


『もちろん。』
「さすが、言霊使いや。」
『残念ながら言霊なんてちっとも使えないけどね。オサムちゃん、ちゃぁんと給料頂戴ねー』


にこり、と笑って言ってやった・。そうすれば、オサムちゃんはピシっと固まったけど、別に構わない。オサムちゃんの家に今日は泊まらせてもらうってずっと決めてたんだし、でも、給料っていうのは財前君がこっちに戻ってくるときの電車代ってだけ。

さすがに学生のお小遣いじゃ、大阪か東京までは高いから。







助けて、助けて・・
僕はこんなこと、望んじゃいないんだ。

助けて、助けて・・・





目を閉じれば少し前に聞いた声が、耳に残った。

でも・・・あの時とは違う・・・悲しげな声だ。

一体・・だれが・・・あの子を苦しませているんだろう。何故?私には分からない。


「モニカ、どないしたん?」
『・・・なんでもないよ、オサムちゃん』


かけられた声に、そう返す。そうでもしないとおかしくなりそうだった。
苦しむ声は、嫌いだ。酷く昔を思い出すから。痛く痛くて・・・悲しくて・・・それでも嫌いになれない人を。




「うわー、モニカの目って綺麗だな!」



笑顔で、呪われたと称されたこの眼をほめてくれた人を。もう、多分・・・あえないけれど。


「・・・もしかして、昔のこと気にしとるん?」
『え?何のこと?』
「前に話してくれたやん、傷つけてしまった男の子がおるって」
『あぁ、そうだっけ。』


なんて、思っていたらオサムちゃんがそう言った。聞き返してしまったがなにぶん、私の記憶力は変なところ疎い。覚えてなくてもいいところばっかり、覚えているのに・・・。


「はは、そんなんじゃ仕事の依頼まで忘れそうやな」
『あ、ソレは無い、そんなことしたらおば様に殺されるどころの話じゃない。』
「あのばあさんならやりそうや。」


スッと真顔になってしまったが、おば様の仕置きはとんでもない。
修行中、何度か逃げ出そうとしたか、だが、おば様は私以上に式を使えるから逃げても逃げても、意味はなくって、結局一月・・・今財前君が居るであろう私の修行部屋に押し込められてずっと精神統一。

外部との関係は一切遮断されて、時間の流れさえ分からない。酷く怖かった、たった一つの空間に押しとどめられて、頭がおかしくなりそうだった。

うん、だから逆らえないんだけどね、この仕事も速めに終わらせないと後が怖い。

だけど、そのおかげでいろいろ勉強になることはある。何よりも、おば様は兄さんが死んだ時も、私を抱きしめてひたすら泣いていた。誰よりも苦しくて先に消える人を見てきたんだ。


『でも、今は命がかかってる。私は、守り通す。それだけ・・・・それが私の罪だから。』


だからそれだけの覚悟はある。これだけは誰にも負けない自信がある。

いろいろな話をしていればオサムちゃんの家についた。オサムちゃんの家は今私が住んでいる家と似たように特殊な作りになってることが多い。

彼の場合、精神統一の部屋は真っ白だ。私は水。

だから、お風呂場を借りることにして、濡れて困るものだけオサムちゃんに預けてお風呂場に入った。鏡は怖いから先に布をかぶせてしまう。
その間に水を出し、たまるまでいろいろな準備と、考えを張り巡らせた。今は、まだ、糸はなんの反応も示さないからやっぱり部室が関係しているんだろう。

膝ほどまで水がたまったのを見て、蛇口をひねって水を止める。

片方だけ色の違う瞳が、水の中に波紋をのこした。気持ちが悪い。

何かが吸い取られる感覚だ。まぁ、仕方の無いことだろうが、私は今呪を受けているんだから。

光を遮断した暗い空間に身を溶け込ませる。



『つたえよ、翠銀(スイギン)お前が探して、見つけたものを』



ピチャンっと音がしてふわりっと水が逆巻く。
目の前に現れるのは水の精霊。

元々、蛇神だった。



【いちいち仕事が荒いぞ】
『今回は忙しいもの、仕事が荒くて当然。』


眼を細めて私を見る。翠銀は元々おば様が使役していた妖
神の理を覆し、堕ちた神さま。


妖として成り下がり、荒れていたところをおば様に封印されかけ、そのまま使役した。

けれど、美しい銀色の髪は足元…いやそれ以上に伸び、金色の細い瞳が私を映している。
ただ、片目には、蛇の鱗が浮き上がっているが、不気味さよりも美しさのほうが感じるのはきっと彼女にしかありえないことだろう。


最近になって、翠銀はやっと認めてくれたけれど、まだまだ私は主としては幼い。
だから、まだ嫌われているだろう。


【自ら呪いを背負うとは、人間とは馬鹿な生き物だ。童(わらわ)に命じるならば、喰い殺せとでも言えばよかろう】
『それは出来ないよ、 アナタは神様だもの。で、どうだった?』


でも、それでも私は普通じゃないから、これが普通。
もともと、世界の理は理不尽なのだ。

私の問いに、細い瞳がさらに細められる、


【・・・あの変な、「ブシツ」という場所に呪の鍵はあった。おそらくだが・・・交霊術とでも称して呪いをかけたのだろう元々、あそこは霊が集りやすい。】
『それは知ってる。』
【鬼門が開きかけている、気をつけたほうがいいぞ】
『ありがとう』


するリッと、私の手首に翠銀の手が触れる。冷たい、でも温かい。

瞳を覗き込まれて、私も返す。清んだ、透明な金色は、やっぱり堕ちたとは思えないほど、美しい


【気をつけろ、主、お前はもっとも危ないものを身のうちに隠している。】
『・・・』
【童は二度と、大切なものを喪いたくは無い。】


でもその瞳は、「誰か」を連想させる。多分、兄さん似ている。今は、とにかく・・・


『大丈夫、私は呪ごときにやられはしない。』


これが私の覚悟だ。
世界の闇が解けていく。最後に見えた情景が、少し前に見た、あの少年

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