02

「神田…代わるよ。」


 それは、彼を心配してかけられた言葉だった。
彼の肩にカーディガンをかけながら、そう告げるリナリーはいまだに眠っている彼女が帰ってきてから一度もここを離れていないことを知っている。

もちろん、自分もそうしたいが兄であるコムイが一番後悔しているのを知っているし、少しでも支えたいと思う。それに、彼女が目覚めた時彼がそばにいることが一番いいとも思っていた。

そうは思うのだが、その姿が自分のよく知るいつもの神田のようではなく、まるで幽鬼のようになってしまって、恐ろしいと…。
だから、少し休んでほしいと、そう思ってかけた言葉だった。


「わりぃな、気持ちだけもらっとく。」


ひらりと、彼は一度だけ手を振った。









 時間を遡れば、すでに一週間はたったか。
嫌でもこびり付いた記憶は彼のトラウマを引きずりだす。

ゴーレムで呼び出された苛立ちを隠さないまま、己を呼んだコムイのいる執務室に神田は赴いていた。


「さっさとしろコムイ。用がないなら俺は「エミちゃんのことだよ神田君」


吐き出した言葉に、あっさりと返された答え。
彼女が任務に出ていた時は一度も言わなかった「エミ」のこと。その言葉に思わず固まったのは、予想していなかったことだからだ。
その神田の様子を見て、心底複雑そうに表情を歪めると、コムイは静かに一冊の分厚い資料を取り出す。それは、神田にとっての一番捨て去りたい過去といえよう。


「これがなんだよ…」


それが素直に言葉に出た。
紙の表紙に書かれていたのは

セカンドエクソシスト被検体

そこに、己の名前があることも、思い出したくない名が記されていることも、わかっていた。


「一番最後のページを見てごらん」


 コムイの言葉に静かに眉を寄せる。
…が、静かに冊子を手に取ると、ページをめくり始めた。
過去、どれだけの同胞が犠牲になってきたか。めくっていく資料には名前と目覚めた日付と、記録が記されているにも関わらず、すべて上から大きく×がかかれている。

あぁ、胸糞悪いと。
めくってめくって、そして、

それからそのページになって指先の動きがとまった。

最後のページは俺たちだろう。それは予想をしていた。
その、前のページ。
顔写真付きで記された「実装」という判子とともに、「EMI」と記された一人の少女。
その顔はよく知るものだった。能面のようなその顔には全く心当たりはないが。


「…エミちゃんも神田くんと同じセカンドエクソシストなんだ。イノセンスを拒否し続け、心を失ってしまったのに、認められてしまって…最初に来たときは中央庁や前の支部長の操り人形だったよ。ティエドール元帥のおかげでまともに戻れたけどね」


たんたんと話すコムイだかその表情は悲しみと後悔が入り混じってる。
最初は、随分とシンクロ率も低かったようだ。それは、己もよく知っている。あの苦しみも、何もかも。けれど、己にはあの時、同時期に目覚めていたアルマ=カルマがいた。
だがしかし、彼女は…?とそう考えて背筋が凍る。


「彼女の長期任務はこうなることが予想されていたからセカンドのエミちゃんに行ってもらうことになってたんだ。中央庁の命令で…反対した僕の意見は通らなかった」


声には怒りを孕んで。
いつもこの男は心を痛めてそれでも明るくふるまっているんだろう。
妹のために、残りの人生すべてを捨てた男だ。それぐらいの覚悟を決めて、この場所にいるすべてを背負う覚悟で生きている。

のだが…なぜと、
男を見やれば、心底悲し気にコムイが笑った。


ユウの分まで私ががんばるからユウの命の残量をこれ以上減らさないで…
「…は?」
「本当は二人で行くはずだった任務。それを彼女一人で行くことになったのは、そういう経緯。」


「あの子は、神田君が大好きだから」と、俺をまっすぐ見てそう告げた男は、俺に何を言いたかったのか。
いやでもわかる。


「でも、本当に馬鹿だよね。僕はそれに甘えて……結局エミちゃんはっ」


そこでコムイが崩れた。
肩が小刻みに震えているのを見て泣いているのが分かる…。


「確かに、いつかは誰かがやらなくちゃいけない…でも…っエミちゃんの命の残量は…もうっ…」


たった一言だ。
その、たった一言にぎしりと心臓が嫌な音が立てる。


「もう起きないのか?」
「分からない…目覚めるかもしれないし…命が続くまで眠り続けるかもしれない」


その言葉に…俺がもう限界だった…
コムイを見ることなく身をひるがえし歩きだす。
しんっとした通路は逆に俺の心を逆なでした。

何が「絶対帰って来る」だ…




「お前が起きなくてどうすんだよ!!!!!!!!」





ガンッとすぐ横にあった壁を殴れば、擦り切れて拳からは血が流れおちる。
その傷はすぐにふさがってあとかたもなくなくなった。


そのことが、酷く腹ただしかった。





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