07

あまりにも世界が広く、暗い雲に近い。
足場はおぼつかないし下も見たくはない。



《お急ぎくださいませっリナ様》



私は少なくとも女だ。
今になれば、あの時森の木々の高さを超えたあの高い高い樹に上り海を見た翠が本当にすごいと思う。

お急ぎください。なんてまるで他人事だ。飛べるからって。



『簡単に言うな…っ』



先生の背に乗って飛ぶときはもっと高いところを飛んでいたりもするが、それは先生が運んでくれるからであって、自力でこの高さに上り世界を見ようとは思わない。

落ちたら死ぬんじゃないか。

考えたらクラリとめまいがして、手元の枝にしがみついた。
悲鳴のような鬼切の声が聞こえたがそんなこと気にしている余裕はない。



「見つけたぞ小娘ぇ!!!」



あぁ、くそ。
こんな高い樹に上るから見つかるんだ。
なんて後の祭りだ。

後ろからがりがりと樹の幹に爪をたて上ってくる音がする。
どうにかしないと、と思ったが両手がふさがっていればすることは限られる。

泣き叫ぶような痴態は晒したくない。


足が、重くなった。
後ろで鬼婆の喜ぶ声が聞こえる。上から鬼切のあわてる声が




「大変そうだな」



鈴がなった様に思えた。
この場にはないだろうその声と、そして吹き始めた少し強めの風。
はっとしてその方向を見れば、にゃんこ先生ではない、白。



「お前のピンチと聞いてきてやったぞ。高見の見物にな。」



そしてさらりとそういうから、イラッとしてしまった。
なんだ高見の見物って、だったら来るな。
第一呼んでない。

彼の足元に虎徹がいたからおそらく彼が間にあって連れてきてくれたんだろうが、いささか迷惑だ。

下からは鬼婆が楽しそうに私の足を揺らしておとそうとしてるし、
あぁ、くっそ



『っ離せ!!』



捕まれている足とは逆の足で、腕の力に頼ることになってしまうその大きな賭けをして、蹴りおとす。
うまく鬼婆に当たれば頭から地面へと落ちていくが、途中の木の枝に引っかかったのを見てホッとする私は頭がおかしいだろう。




「そんなひょろっこい腕ではもう持たんだろう。助けてほしいか?」



私の、目線に合わせて、ごろりと捕まっている木の枝に寝転がり、さも楽し気に言うこいつは初めのころのにゃんこ先生のようだと思ってしまう。
にやにや笑い、「謝れば許してやるぞ?泣いていってみろ」と言ってくるこいつに心底腹がたつ。

言わなければ目をつぶすと、そんな風に思わせるためか知らないが目に長くきれいな爪が迫ってくる。

ふざけるな。



『お前なんかの力、借りない。』

「!」



とりあえず、その状況を打破するために一段降りようと手を離した。
そうすれば上から驚きの声。
なんでか、あの男もぞっとしたような顔をしたが、私としてはその手の先から逃れられて清々した。
下に樹の枝があることは重々承知だ。
一歩間違えれば大事故だが、残り一枚になった白札で何とかできるかもしれないし、にゃんこ先生が間に合うかもしれない。



『寂しいヒトだね。巴衛』



一段下がったその場所でいってやる。
といっても、私の身長より少し高い位置に彼は今だ寝そべっているが。

さすがにこの高さ降りようとは思わない。
とにもかくにも、むちゃぶりをすればすくなからず助けてはくれるだろうと、意外に近くにあった彼の手を引っ張れば気が抜けていたのか思ったよりも簡単にごろりと宙を舞う。



「なに!!」

『ついでだ、下で私の下敷きになってくれ。』


驚いたように私の顔を見る彼がその位置から逃げないように、肩とほほに手を置いて、それから顔を近づけて言ってやれば、くっとその表情が険しくなる。

昔よりも非情といえるのかもしれないが、にゃんこ先生やヒノエからはレイコさんに似たといわれた。
嬉しくないが、ちゃんと考えてやっているさ。

名を縛らないだけいいじゃないかと、



彼は地面側、私は空側。
びゅぅうっと重力に従っておちていくから、私の髪は宙に揺れる。

あぁ、こうしてみるとこの男も細く全然強そうにみえないなぁとか何とか思うが、私よりもずっと生きているんだ。
私の顔を見てレイコさんの名を言わないってことはあったこともないのだろうけれど。




「なぁつぅめぇぇぇぇええええええええ!!!!!」



空。
急に聞こえた声に振り返る間もなく。

ドスっと頭に衝撃が走り。



『っ!!』



合わさる。
ゼロになる。


目の前で紫の瞳がまるくなる。
近すぎて焦点があわずぼやける。


かぁっと熱がたまるのは私のほうだ。
思わず彼を突き飛ばしてしまえば、妖だからか、それとも剛速球で落ちてきた「あれ」のせいか、私の体は勢いよく宙を舞う。


その際私よりも先に落ちていく丸いのが見えなかったわけじゃないが、そんなことより自分のことだ。
計画が丸つぶれになってしまった。



『っ』



風が熱くなった体を急激に下げていく。
下でクッションになるものがあればいいんだが、恐る恐る開いたがやっぱり落ち葉もなければ掴まれる枝もない。
見えるのはおそらく私に突撃して気を失っただろう白と橙の丸い物体だ。




『にゃんこせんせぇええええ!!!!!!!』



手を伸ばす。そのせいでさらに落ちるスピードが速くなるが関係ない。
にゃんこ先生は私の大切な家族だ。
第一に私がここに呼んで怪我をされるのはやっぱりいやだ。


届け、届け…!!!


だんだんと近づいていく距離。
伸ばした手の先にかすかににゃんこ先生の手がかすれる、思いっきり手を伸ばしてその手をつかみ胸にだきよせた。

あぁ、ケガをしてしまうだろうか。
でもにゃんこ先生が無事なら、と…



何かに包まれる感触と、風の流れが変わった感じがしたが、
ブツリと体の感覚がきれてしまった。



桜の中
小さな子供が泣いている。



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