03

彼女は心底いらだっていた。
突然アッシュが任務だなんだと連れて行かれたかと思えば拉致まがいで己さえ連れ出されたのだから仕方がない。
すでにアッシュが彼女の元で暮らし初めて二年がたっていた。
元が良家の出ということで勉強に関しては何の問題もない。現在はヴァンについて剣術を指南されているがおそらく第7音素の素質もあるだろう。
予言にローレライを謳われていたのだから間違いはないと思うが、
だんだんと表裏を使いこなし始めた甥っ子を見る気持ちだがそれでも良い方向に向かっているのではないかと彼女は思っていた。

そんなさなかで突然の出来事だ。
きっとこのことを企てたヴァンは確信犯なのだろう。


『私をどこへ連れて行く気ですか?』
「何、直にわかる。」


ダアトから船にのり、未だ先の見えぬ航海に苛立ちだけが募って行く。
せめて何か暇つぶしになるものだけでも持ってこれたのならばよかったのだが、いかせん船の中ではゆれてしまって一人ではうまく車椅子を運転することが出来ない。

唯一ありがたかったのは船酔いしないようにと甲板の日陰に連れてこられたことか。
周りの視線は痛いが。

風が髪をさらっていく。こうして、外に出るのはおそらく、あの時以来だろう。日を直接見るのも久々な気がしてならなかった。
目を閉じ、もう気にしないことにした彼女の元を「ではまた到着したら来る。」とヴァンは去っていた。




「お前の研究成果を確認したいだろう?」


その残酷な告知は風すら攫ってくれなかったけれど



***


マルクト人である己がまさか敵国であるキムラスカに平然と来ることになるとは思ってすら居なかった。
もう何年も生誕の予言すら読んでこなかったから予想すら立てようにないのだが。

車椅子を押され、昇降機を乗り継いでそうして辿り着いたのは城の手前の屋敷。

ヴァンに敬礼する白い鎧を纏った騎士たちを尻目に中に入れば今度はメイドが向かえ、次に見えたのは


「先生!!」


赤い。髪。
赤というにはまるで夕日のような、いや、実際根元から毛先にかけて朱から色が抜け金色に変わっているのをみると形容するなら炎のほうが近いのかもしれない。
けれど、まだたどたどしい言葉遣いに目を見開いたのは反射だ。

駆け寄ってくるその少年の後ろから金の紙を持つ青年もやってくれば彼はディアナの姿を見ると驚いたように目を見開いていた。


「ルーク。元気そうだな」
「はい!げんきでした!せんせい!」


記憶の、欠落というのか。
基礎のない言葉遣い、ましにはなったのだろうがいまだおぼつかない足取り。グラデーションのかかった髪はおそらく、劣化の証だろう。
ひゅぅっとノドが締め付けられる錯覚にディアナは勢いよく咳き込んだ。

生き写し、なのだ。
あの日の「銀色」のように、まったく同じなのだ。


「お、おい!」


慌てるボーイズソプラノに、初めて「彼」にあったときを思い出す。
あの時も、一番に彼女は彼を驚かせていた。


「どうした、ディアナ」
『っごほ、げほ、すい、ません。』


船でヴァンが言っていたこととはつまりこの「レプリカルーク」の存在だったのだろう。
必死に呼吸を整えて顔を上げれば一番に飛び込んできたのは泣きそうな苦しそうな顔だった。
けれど、「彼」はこんな弱弱しい表情はしない。
それだけで、酷く荒れていた呼吸が落ち着いた気がしたのはおそらく気のせいじゃないのだろう。


「いたい、いたい、か?」
『・・・え?』
「どこか、いたい、いたい、なのか?」


まるで、自分がその痛みを受けているかのように、心配そうな不安そうな、泣きそうなそんな表情で、彼は彼女に聞いていた、
それだけで、違いがわかる。けれど違わないものもある。

、きっとこの子も、あの子も


『、ありがとう、もう大丈夫です。ルーク「様」は優しいんですね。』


心根は、心底優しいのだ。
彼女の言葉にぱぁっと花が咲くように表情が変われば「ルークでいい!」と彼は笑顔になった。


「もうげんきなんだな!」
『はい。大丈夫です。ありがとう。ルーク。』


彼と一緒の顔で、まるで彼とは違う表情を作る目の前の存在に、自分の愚かさと、叶うことのないだろう願いごとを突きつけられる。
それでも、似ているだけで全くヘ別物の存在だと再認識することができたことが一番の収穫だろう。


「なぁ、お前はなんていうんだ?」
『ごめんなさい、私はディアナ』
「ディアナ?」
「あぁ、そうだ。今日からお前のもう一人の先生になる。」


名を聞かれ答えれば、それを覚えるかのように口にする。
これは、ある種の刷り込みだ。後ろで全てを見ている青年はきっと何かを知っているんだろうと思いながらも口にはしなかったが、突然ヴァンがいったことには驚きを隠せなかった。
「先生。」懐かしい呼称。かつて己が慕っていたヒトに使っていた言葉だった。


「私から剣術を、彼女から勉学を習いなさい。」
「エーーー!!いやだ!!」
「わがままを言ってはいけない。ルーク、彼女は優秀な人材で、私の部下だ。」
「・・・っ」


ぽんぽんっと頭を撫でられてもしょげたままだ。
悔しいのか悲しいのかぎゅぅっと握りしめた洋服が皺を作っている。

あぁ、なんとなく察してしまったのは、きっと同じような光景を見てしまったのもあるし、きっと「自分」もそうだったからだ。
「比べられる」存在がいると酷く自分の居場所は狭い。


『では、ルーク。私に貴方のことをまず教えてくれませんか?』
「おれ・・・?」
『はい。私は、自分の事は良く知っていますが、貴方のことは何も知りません。貴方の好きなもの、好きなこと、嫌いなこと、苦手なこと、やってみたいこと、たくさんあるでしょう? 私にはわからないことがたくさんあります。だから私に教えてくれませんか?』


手を伸ばして、彼の握り締めている手をそっと握った。
この子の世界は狭い。酷く狭い。きっと自分が居た場所よりもずっとずっと狭く暗く、つまらないものだ。
だから。


「おれ、おれはね、先生とガイと父上と母上が好き!あとりんごも!でも今きてるかてーきょーしはきらいだしナタリアはいっつもへんなこというし、あ、俺、早く先生と剣を交えたい!」
「ほう、それは楽しみだな」
「早く強くなって先生と一緒に戦ってみたいんだ!」


だから、少しでも心を開けるように、何かに興味を持てるように。


「なぁ、ガイ!」
「え、あ、はい。なんですかルーク様」
「お前は女が嫌いだよな!」
「っは!?ちが、俺は嫌いじゃなくて苦手なだけなんです!!!」




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20180522



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