***Side Jade
月夜に、魔物に乗ったシンクに連れていかれた彼女の姿が脳裏に焼き付いている。おそらく彼女は罪を理解し、その罪によって生み出されたというその存在を認め、「母」として生きている。
おそらく、サラはそれらを罪とは思っていない。
ただ…
コンタミネーションで槍を発動させ、彼女を連れている魔物を撃ち落そうと…したが、彼女は今足が使えない。甲板にたたきつけられたら、仮に海に落ちたら、
そんなことを考え一拍間が空いて、彼女は空に消えた。
本当に、何をしているんだか。
今後彼女とは戦うことになるんだろう。間違いなく。
そうなった時、私は彼女に刃を向けることはできるのだろうか。なんて…
イオン様がアリエッタをかばったように、私はおそらく別のやり方で彼女を「死」から遠ざけるんだろう。捕虜にして、グランコクマにおくれば間違いなく陛下が彼女をどうにかするだろう。
確かに彼女は国を裏切った裏切り者だろうが、マルクトからダアトに行く人間は少なくない。
キムラスカに亡命していたのならば多少の罰はあっただろうが、ダアトの人間としてキムラスカで侯爵家に入っていたのであれば問題は、おそらくないだろう。
そこで何を教えていたかにもよるが、ルークの様子を見るに、基本的なことだけの話だと考えられますが。
キムラスカに到着し、まさかここでイオン様を奪われると思っていなかったが、和平の話はなりました。いろいろと問題は起こっていますが、とにかく、今は戦争を起こさないようにするのが一番でしょう。
いろいろと、考えることはありそうですが…。
ガイの案内でキムラスカの廃工場をとおり、…そこでまさか、王族のお嬢さんと合流することになろうとは思いませんでしたが、ルークの一人で同行が決定、少々おてんばな王女だと思いますがそれはうちの陛下も言えません。
-『私は諦めません。あの頃の夢を、絶対に。 だから貴方とは相容れないんです。もうすべて遅いんです。』
あのころの夢とは何だったか。私には黒歴史でしかないそれを彼女が夢というのであれば彼女はずいぶんと私が嫌いなのでしょう。
そういうことをずっとしてきた覚えはあります。ですが…
「よし、あそこに梯子を降ろせば外に出られるな、」
「はいですの、ご主人様!ここを抜ければ、あとは目指せケセドニア!ですのね」
「ケセドニアへは砂漠越えが必要よ。途中にオアシスがあるはずだからそこで一度休憩しましょう。」
…と、少し現実逃避をしてしまっていたのは許してもらえるだろうか。
ルークが縄梯子を持って来れば、足元でミュウが飛び跳ねる。やっとこの施設から出られるようだが、嫌な予感がするのは私だけではないだろう。
「ガイ、貴方が先に降りなさい。私が足を滑らせたら、貴方が助けるのよ?」
「俺がそんなことできないの知ってて言ってるよな。」
「だって早くそれを克服していただかないと、ルークと結婚した時に困りますもの。」
廃工場の薄暗い雰囲気とはあいいれない、随分と愉快な面々だ。
そもそも、王女…ナタリアは人の恐怖症と苦手の克服をまた別のものと考えるべきだろう。あの城で見たガイの様子を知らないからこそ、彼の症状を軽視できるのかもしれないが、それはあまりに軽率だ。
ガイが優しい、そしてかつてからの仲だからこそ、そう軽口を返せるのでしょうが、
「ルーク様はもっとずーーっと若くて、ぴちぴちの子がいいですよねっ!婚約なんていつでも破棄できますし」
「…なんですの?」
「なによぅ?」
「……ルーク、貴方って最低だわ。」
「なんなんだよ!俺のせいかよ!」
声を上げたルークがガイと私に視線を向ける。
おや、と思ってしまったが、ここはいじっておいた方がいいのでしょうか?いや、きっとこういうときサラならば…
「さて、みなさん。目的を忘れる前に進みましょうか。…アニス、人の好みは人それぞれなので決めつけはよくありませんよ?」
「えー!大佐までそういうのー!もー…わかりましたよぅーだ」
アニスがルークから離れる。
まるで逃げるように縄梯子を下っていった彼の後を私が居り、そのあとにアニス。
ガイと、そのあとにナタリア、最後にティアが降りてきた。
外は雨が降っていた。降り注ぐ雨の匂いは先ほどまでのこもっていた廃油の香りを一気にそぎ落とすような錯覚さえおこさせる。
先ほどの戯れのせいか、少し離れたところ、雨に打たれるその場所でこちらを見ている。
のだが、ルークが振り返る。
その先に、軍艦があり幾多のオラクル兵。そして深く、紅い髪の男と連れられているイオン様。
---聖なる炎の光は愛しき子。偽物ではなく、一つの本物。
おそらく、このことを彼女は当てていた。
視線を軍艦の入口へ向ければシンクと、そしてローブを羽織った細身の一人がいる。
ルークが腰の剣に手をかけて、駆け出した。彼が地面を蹴るたびに泥水が跳ねる。
向かい側、相手側も刀を抜いて回転しつつ、ルークの剣を受け止めた。
赤と夕日色。互いの長髪がなびいた。
20190810
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