04

残念ながらここには部品がない。故にブーツの修理はすることはできず、このままキムラスカに着くのが落ちかとため息をついてしまった。


「サラ。少々よろしいですか?」


ノックの音と共に開いた扉。
ルークたちにもまれてそれ以来こちらに来ていなかったジェイドの姿がそこにある。
部屋に入ってきて一番に目を細めたのは彼。「なぜ明かりをつけないんですか」と呆れているようだ。


『今はサラではなくディアナです。別に構わないでしょう?明かりをつけていなくても。』
「暗いのがお好きですか」
『面倒くさいんですよ。明かりをつけるためだけに動くの。それにいつもは誰かが勝手に着けてくれます。』


とりあえず一番に名前を訂正し、それからジェイドに告げる。実際、私の研究室はだいたい暗くなればアッシュかシンクが電気を着けていた。そもそもつけっぱなしだ。
それに、明かりをつけたところで私はすることがないのだから意味はない。


『わがままを聞いてくれるなら少し外に出たいのですが、車椅子はありますか?』
「そんなものあると思いますか?」
『そうですね。ふむ、では這っていきましょう。そこをどきなさい』


座っていたベッドから、手の力で床に降りる。
扉は開けっぱなしにしてあるならばそのままほふく前進でいけりはずだ。多分。この部屋が少し奥まった場所にあることは了解済みだから少々服が汚れてしまうだろうが仕方はない。
さて、いざ、と四つん這いになったところで目の前にブーツ。


『邪魔です。』
「いえ、あなたの行動の方が謎なのですが。」


はっきりと告げてジェイドを見上げれば心底不快そうな顔をしていた。解せない。むしろ私からすれば私の進路を妨害するあなたのその行動の方が謎である。


「失礼します」
『っ!?ちょ!下ろしなさい!』


そう一言。
あっさりと持ち上げられて訪れる浮遊感に声が上がった。彼はそしらぬ顔。平然と私を抱えて部屋を出るこの男の考えは正直理解ができない。そのまま部屋を出て、廊下を通り、甲板。
扉を開ければ吹き込んでくる潮風に思わず目をつぶる。…が開けば酷く美しい景色だ。
月明かりだけの世界。美しい暗闇に、さざめく波の音。慣れればほどよい風。甲板の手すりの前。ひとつだけ用意されている椅子に座らせられれば、彼はその横に何も言わず立った。

人工的な明かりがないぶん、自然が生み出す世界がよりきわだっているんだろう。譜業を使う私からは程遠い世界だ。


「いまだけは、死霊使いでも花神でもなく、ただの幼馴染みとして話しませんか。」
『何を唐突に。』
「お願いします。サラ」


その月明かりに照らされる彼の横顔は酷く儚い。もともと、白い肌だから余計だろうが、真っ直ぐに月を見つめるその目は昔私がよく見ていた目と同じ、真剣なものだ。


『貴方からのそれを私が断れないことを知っているくせに。』


ポツリとこぼせば、小さく笑う声が聞こえた。きっと彼もわかっていたんだろう。顔だけを私の方へ向けて、その赤い瞳を細める。彼の目に私はいまどう映っているのだろうか。


「このまま、キムラスカに行きましょう。貴方は六神将として導師イオンに付いてきたとすれば問題はありません。それにあなたはルークの家庭教師をしていたということですし、入国しても違和感はないでしょう。」
『はい…?』
「一度改めて検査を受けるべきです。もしかしたら貴女のそれも治るかもしれません。」


波の音だけが響く場所でジェイドのその声はよくとおる。それというのが脚のことか、それとも、胸に刻まれた譜術のことか。結局どちらにしろ、無駄なことだと私は知っている。それはきっと彼もだ。


『治りませんよ。治ったらとっくにやっています。諦めなさい。あなたは先生を諦めたんですから。』
「……サラ」
『私は諦めません。あの頃の夢を、絶対に。 だから貴方とは相容れないんです。もうすべて遅いんです。』


私はきっと残酷なことをいっている。自分でも随分前から諦めているにも関わらず、先生も、彼が編み出した技術も捨てられない。
そして、それを悪用されることも…もうすでに悪用されてしまったようなものなのかもしれないけれど、それでもだ…本来できる、正しいことへと、そう思うのは私の今できることだと思っているから。
だから、技術ごと捨ててしまうつもりの彼とは歩めない。


『…ここは寒いですね、ジェイド。』
「そうですね…なにか羽織れるものをとってきましょう。待っていてください。」


ここまでいってしまっては、もう彼の方は見れない。ごまかすように彼にそういえば、静かに返答されて彼は身を翻した。カツカツと甲板に響く音と、波の音を聞きながら目を閉じる。近づいてくるのは、いくつかの羽ばたく音だ。

いつまでも戻ってこない私にしびれを切らすであろうことは目に見えていたから、


「なにしてんの、母上。」
『いえ、なにぶんいくつか事故がありまして、手を貸していただけますか?』
「…仕方ないなぁ。」


甲板に舞い降りてきたのはシンク。仮面はつけたままなのは少し惜しいが、いつ誰がくるかわからないのであれば仕方はない。それでも、この月明かりの下でどんな表情をするのかちょっとだけしってみたいと思った。
仮面で隠れてしまっている表情がどう動くのか…それはたしかな親心なのだろうけど。

軽々と持ち上げられる。
そうすれば、近くまでアリエッタが使役している魔物が降りてきて、私を先にのせて、彼がその後ろに乗った。いや、二匹用意すればよかったのではないか、とそう思うが、この魔物はたしか夜目が聞かないから危惧して…か。


「いくよ。」


一言、そうつげて、ふわりと地面から離れる。
抱き上げられるものとは違う浮遊感に、魔物の毛を少しむしってしまったが、あまり気にはされなかった。

バン!!!

半分破壊したような音と共に、開いた甲板の扉。ガッガッガっと彼には珍しく荒れた足音で、駆け寄ってくる。手にしていた紺色の羽織は甲板に打ち捨てられ、わずかに音素が乱れたと思ったら彼の左手には愛用の武器を持っていた。

…が、それいじょうのことはない、
敵意をむき出しにした人間を前に、のんびりしているほど魔物は愚かではなく、勢いをつけて空中に飛び上がれば、あっという間に彼の攻撃範囲から逃れて見えなくなった。


あぁ、でもどうして…


「死霊使いジェイド…ラルゴをおとしめたやつだけど、なに、母上となんか関係あるの。」
『…そうですね、まぁ、いってしまえば、あなたや、アッシュに関係ある話ではあるんですが』
「あぁ、そういう関係か。じゃぁいいや。僕の母上はあなただけでいいから」


どうして、あんなにも寂しげな、なにか言いたげな、そんな顔をしていたんですか…ジェイド。


20190719



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