02

重なった唇の熱に全ての思考が停止する。あまりにも近い、紅玉の瞳、わずかにぶつかった眼鏡のフレーム。ほほをとらえた、少しひんやりとした指先。
こんなにも近くで顔を見たのは、はじめてだ。


『…ぇ…』


いや、近くで見たどころじゃない。なんだこれは。
静かに目を見開いたところで重なりあっていた唇から、ぬるりと舌が這う。そのまま隙間をこじ開けられるように咥内へ侵入されれば、逃げようとしたところでもう遅い。引こうとした体はそのまま後ろに押し倒されて、スプリングがわずかな軋みをたてた。少し長めの彼の髪が顔をくすぐり、たしかな圧迫感。
何が、どうして、今、こうなっているのだろうか。


『ま、やめ、じぇいど…っ!』


声をあげる。
そもそも、ここはただの船のなかだ。いつルークたちが入ってくるとわからないのに、この目の前の男はいったい何をしているんだ。頬に滑っていた手が、耳に触れてそのまま首筋をなぞる。ぞわぞわとした感覚に背がのけぞってしまったのは、生理的なものだと言い張りたい。

あいにくと、こういうことに慣れていない。というか、そもそも縁があるわけないのだ。きっと、この男は多くの女とそういう関係を持っているだろうが。…なんてそう考えて、じくりと胸の奥がいたくなる。きっと今私にしている行為は他の女の延長戦でしかないのだろう。そうおもうと、複雑でたまらない。


『ジェイド…っ』


首筋に触れていた指先が、襟元をとらえる。
名を呼んだがそしらぬ顔で、第2ボタンまで外れているワイシャツのボタンを平然とはずし、タートルネックのチャックを下に下ろした、
さらされるのは、女としては酷く醜い、傷だらけの体だ。
そこまでいって、やっと彼の顔が離れる。けれど同時に彼の眼下に晒された傷跡たちに、言葉につまって顔を背けた。


「…思ったよりも残ってしまっていますね。」


いったい何を思ってその言葉を告げるのか。
晒された上半身の傷をひとつひとつなぞりあげ、最後に心臓の真上に刻んだ術式の印にたどり着く。皮膚が薄くなっているそこは、あまり触れられて気持ちいいものではない。


「サラ、あなたは後悔していますか。」
『…何にたいしてですか。』
「私たちがしていたこと、私が捨てたこと、貴女にしたこと、」
『貴方が私に何をしましたか。そもそも、私は何一つ後悔なんてしていませんし、後悔をするようなことをしていません』


なるほど、とすぐに理解する。彼は私の経過を見たかっただけだ。研究の被験者がどうなっているか。
彼の方を押して、紅玉を見つめる。もう反らすことはない。


『私たちの道は違えたのです。私はレプリカを諦めた訳じゃない。』
「サラ…」
『どいてください。そもそも、私はあなたたちが逃げ回っているダアトの人間です。こんな関係にはなれません。』


鍛えているわけでもない研究者である私が軍人である彼を腹筋の力で押し返すのはほぼ無理に等しい。
言葉でしか彼に抵抗できないのだからもどかしくもあるが、今も昔も彼に口で勝てたためしはない。


『私を捕虜にし、六神将をどうにかしようとしても無駄ですよ。私は彼らと仲がいいわけではないので』
「なら、尋問をして計画を吐かせる、というのはいかがですか?」
『残念ながら私はすべてを知っていませんし、痛みには鈍い。殺されても悲しむ人間もいなければ殺さないように第七音素をかけようにも無意味なのはあなたが一番しっているでしょう。』


半分が嫌みだ。
嫌みとちょっとした八つ当たり。人の唇奪っておいてそれ以上を求めるなんてあつかましいにもほどがありますから。


「……あの手紙の意味は」
『手紙?……あぁデータの』
「そうです。」
『ずっと昔に友人から聞いた話をあなたにたくしただけですよ』


告げられたこと場に一瞬?が飛びましたが、そう言えばと思う。彼が私に寄越した秘予言のなかで、私にはできず彼に出来ることを総長に知られないように渡すにはあの方法しかなかった。
シンクがデータを取られることは申し訳ないが計画のうちでした。
亡き彼が私に託す、というよりは豪速球で投げつけてきたそれは、世界を狂わせるもの。
でも彼は予言が嫌いだったから構わないのでしょう。


『私のかわいい教え子、子供たちを信じて守ってあげてください。あなたの子供でもあるんですから。』


小さく笑えば少し驚かれましたが、切なげに細められた紅玉と、するりと下腹部、へその少し下へ滑らされた指先。さらりと彼の髪が私の肩口にかかり、耳元に吐息が当たる。
ぞわぞわと背筋が粟立ちましたが、私に聞いておきながらこの男の方が後悔をしているんでしょう。間違いなく。


『ジェイド、あなたはあなたのやるべきことを。私は私のやるべきことをしましょう。ここにいない私の子供たちが心配するので、そろそろ帰ります。データは焼却しておいてください』


190622



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