少し遠くに見えるタルタロスを確認して、それを懐かしいと思ってしまう辺り、己もあの美しい水の都で生きていた一人だったということだろう。
魔物の群がっているその戦艦をみながら、やはりおもうのは、彼の姿だけだ。
とは、いっても自分が覚えているのは白衣姿の彼であってここ最近の姿なんて知らないのだが。
「ディアナ、あなた…!」
『家出なんて悪い子ですね、導師イオン』
リグレットがつれてきた緑色が彼女の名を呼んだから、そう返しただけだ。
アリエッタがつれている魔物-ライガ-に寄りかかっていた体を話して彼のそばまで歩いていけばそれこそ驚いたらしい。
「足、治ったんですか?」
『いいえ、治ってませんよ。音機関のものです。』
やはり、自分が足を壊しているという人間にとって、この姿は驚きに近いものになるんだろう。
目を輝かせたイオン立ったのだが、彼女の言葉にまた少し落ち込んだようだ。
自分はもっと大変なことをしでかしてしまっているというのに、彼は少々おっとりとしすぎてしまっている。というよりは、「言われたことだけ」をしている人形だったのだから仕方がないのかも知れないが。
『いいですか、「導師」あなたにやってもらわなくてはいけないことがあります。』
「…はい。」
『もしかしたら、具合が悪くなるかもしれません。終わったら薬を渡します。』
『ちゃんと飲むんですよ?』と頭を撫でた。
導師イオン。シンクや消えてしまった兄弟である7番目のレプリカ。
一番導師の力が強く出た、が、その影響で体の弱い個体でもある。本当ならば、おとなしくしていて欲しいっと頃ではあるのだが、きっと彼にはなにかやりたいことがあるんだろう。
レプリカというのは短命だ。それは自分が一番よく知っている。だから、やりたいことをやってみればいいと思っている。
それが顔に出ていたのだろう、リグレットがディアナをにらんだ。
「ディアナ、甘やかすな」
『あら、ではリグレットはこの子の嘘を見抜いて消滅させることなく事を運べると?』
「…」
『可能だと、そう言い切れないのならば、この子やシンクに関して口を出すことは許しません。』
そう、この事に口を出される義理はない。
第一に、この技術は彼のものだった。だからこそ、口出しはさせたくないのだ。
イオンの体を引き寄せて、リグレットから距離をとらせ、また笑う。
‘死神 ディアナ’そう呼ばれるのはある種彼女が一番死に近いから。
戦いから遠い場所にいるにも関わらず、そう言われるのは彼女を慕うのが戦力を持つアッシュやシンクだからだと言うこともある。
いまだに同じ戦場にたったことはないが、訓練生たちからはここに弓か銃を使う仲間が入れば負けることは確実にあり得ないと首を降った。
それほどなのだ。
「ディアナ…」
名が呼ばれた。イオンのほうをみれば、不安そうにディアナを見上げている。体調が悪いというわけではないのは目に見えた。
『はい、なんですか。』
「あの、前に僕に故郷の話をしてくださいましたね。雪国の話。その時の幼馴染みの名前はたしか…」
『…ジェイドです。あぁ、乗ってましたか、あの船に。』
このイオンには、自分の故郷の話をした。
美しいケテルブルグの雪が降り積もる町の話を。大好きだった先生の話。剽軽な幼馴染みと、守ってあげたかった妹分の話。それから、共に育ち志を交わした翡翠の話を。
『皇帝の懐刀、でしたっけ。死霊使い(ネクロマンサー)なんて大層な名前をいただいて』
「あなたは彼に会いたくないですか?」
『…えぇ、私は彼の黒歴史なので』
イオンを安心させるように笑って見せる。間違いなく自分は彼の黒歴史だ。
彼にとってサラという女はきっと捨ててしまいたい過去に違いない。…そうなるように、してきた。彼に嫌われていれば、本望だ。
予言もそうだ。いまの立場だって、そう。
『イオンは心配ですか?』
「いえ、彼らは強いので。
『そうですね、よくわかってます』
だから、彼が死ななければそれでいいかと、いつからかそのとなりに想いを馳せる無駄な努力をやめてしまった。
190304
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