それは、過去のこと



ガタ… ゴト…

汽車の規則正しい音。 その中で私とユウとリナの三人だけ。
外にはファインダーが控えているとはいえ10代の子供がこんなVIPクラスの部屋に居続けるのはどうかと思うのよね…やっぱり。


『私が喧嘩売ったからちゃんと情報もらえなくてごめんね。』
「いや、構わねぇ。資料はあるしな。」


リナは私の膝を枕にして眠ってしまった。
すでに列車にのって2時間たっているし、あの場所ではなく、こういう大人の見ていない場所だからこそ、気が抜けて眠ったり出来るのはよくわかる。


「…フランスに行くの、は初めてだ。」
『そうなの。 私は故郷よ。』
「…そう、なのか?」


資料から視線が上げられる。同じく視線を上げれば、眉間に皺を寄せた顔と目が合って、首をかしげた。がたん、ごとん。変わらないテンポで続く音だけが部屋の中に響く。

この無言の数拍は…一体なんなのだろうか。


「…お前は、いいのか。」
『…いいって、何が?』
「…故郷、なんだろ?」
『故郷だから、なに?』


こてり、首をかしげれば髪が揺れる。
いきなり故郷の話?となったけれど、そういえばユウは東洋のっていう話だった…か?


「…わるい。」
『なにが? あぁ、両親のこと、聞いたの? おじいちゃん…口が軽いなぁ。』


いつ、話したんだろう。
いやいつでも話せることだ。だってユウはティエドール部隊であるし、私よりもおじいちゃんと一緒に過ごすことが多いのであればいくらでも情報を聞くことは出来るだろう。

なにより、「私」自身の故郷はもうどこにもないのだから…気にしなくていいのに。


『……気になる?』
「は?」
『ふふ、 私、別に気にしてないよ。 そうだな、どこから話そうかな。』


にっこり。私は本当に気にしていない。
一瞬とまどって、口をつぐんだのを見て、目を閉じる。

思い出すのは、「私」が「こちらの私」として目を覚ました時のことだ。


『生まれた場所は、正直覚えていないんだけど…私の本当のお父さんは私と同じ青い目をしていて、この髪は母譲りなの。母は東洋の人間だったらしいわ。 私はハーフというやつね。』
「東洋…なのか。」
『そう。 でも中国にも日本にもいったことはないわ。名まえで聞いたことがあるだけ。』
「…だからあった時、「漢字」の話をしたのか。」
『あ、覚えてたのね。 そうそう、漢字は独自の文化だと思うから。』



思えば、最初に意識を取り戻したときは随分と感情が抜けていたと思う。
今は違うとはっきり言えるのだけれど、あの時は、おそらく子供のほうに精神が引っ張られていてとても単純だった。
今はしっかりと自分の意識を保てているから、きっと本当の意味で「アイリ・マリアン」としてこの場所に根をはれているんだろう。


『いつか、母が生まれた場所を見てみたいし、自分のルーツを探してみたいとは思うわ。 でも、きっとこの戦争のなかじゃ絶対に無理なことだとも諦めてる。 だって、エクソシストになった時点で、もう私たちに自由はない。』


そう、自由はない。
私たちは、もうただの世界の礎であって、「個」としては見てもらえない。
そう考えると、複雑な気持ちではあるけれど。

でも、こうして「過去に生まれ変わった」意味は、必ずある。
だから、私はこの小さな子供たちを守りたいと思った。それだけだ。


「…お前、生き辛くねぇの?」
『おぉ、ユウからその言葉が聞けるとは思わなかった』
「おい。」
『ふふ、 大丈夫。 私これでも大人なのだから』
「…記憶違いじゃなけりゃ、同い年だろ」
『あらぁ?』


ジト目で見られてしまったけれど、実際私年上なのだし。
まぁ、過去のことなんてだんだん忘れてきてしまっているのだけれど。



『でも、リナリーを守るのは、私たちの役目よ。 この子は、守らなくちゃ。』
「…あぁ。」


といっても、私もユウもリナリーも装備型だし、…AKUMAの毒をどうにか出来ない。でも、どうにかしなくちゃな。
もしここで死んだら、そういう運命なのだから。


20210727



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