導いた先で



その言葉が聞こえたのは進みはじめてそんなに時間がたっていないときだった。
洞窟のなかに反響するその声は少女のように聞こえるが、実際はどうなのだろう。すぐにイノセンスを発動できるように意識を集中させる。


『誰?』


ーでていけ

それは警告の言葉だ。
けれどそういわれてハイそうですか。とあっさり認めるほど私はあまっちょろい人間じゃない。残念だったなとまた、歩きだす。


ー出て行け…来るな…


水が反射する音が、その声をつれてくる。
時には何か飛んでくるが向かってくる方向は目の前からでそう簡単にくらう私ではない

歩いて、歩いて、歩いて
そうしてたどり着いた場所は心底神秘的な。


『…海の中に…湖?』


地底湖。名称的にはそれに当てはまる。。かなりの大きさで、その存在感がすごい。どういう原理か光る苔が大量にあるせいでいっそ輝いてるようにすら感じてしまった。


《っ出て行って》


さっきと言葉遣いが違う、と、静かだった湖にわずかに波がたつ。
水門を描きその声の主が現れた。それは水色の髪を伸ばした少女が湖の真ん中にいる。

人間ではないだろう。これは直感だが、彼女は間違いなくヒトとは違う。ここにヒトが住めるとは到底思えない。


「っ貴方は、ここの水を飲みに来たんでしょ?人魚の聖域に入ることは許されないわ!」


実際そうはっきり言った。
人魚。あぁ、なるほど、人魚の宝というのはここの水のことなんだろう。が、私の仕事は湖の水などではない


『はじめまして、私はあなたに届け物をしにきたの』


首から下げていたそれ。この場所についてから光を発しなくなった真珠の入ったそれをもち、湖のそばに近寄っていく。

その言葉に目を見開く人魚
瞬間、再び真珠が淡い光を放ち、ばしゃんっと水しぶきが上がったのは彼女がこちらに飛ぶように近づいて来たからだ。


「…っねえ様っこれをどこでっ!!」
『AKUMAという生物の中の魂が私にくれた。それだけよ。その人物がいいといったの』


あぁ、千年伯爵という人物は種別は問わないのか。なおも、「ねえ様っ」と宝石のようにきれいな瞳から涙を流して真珠の光を見つめている少女に、首からはずしたそれを、そのまま彼女の首に下げた。


『家族の形見なんだから、大切にしてね。』
「っはい!」


だんだんと収まっていく淡い光。本来の持ち主に戻ったからこそ、それが安心する。とりあえず、これで私がしたいことはできた。ぐるりっと見渡して、ため息をつく。

おそらく、この場所にイノセンスがあるかどうかは半々なのだろう。どうやって探そうか、なんて思ったが、「もし!」と声がかけられる。


『なに?』
「あの、あの、なにかお礼をしたくて。」
『お礼なんていいよ。』
「いえ!!ねえ様の想いを届けてくれた方になにもお礼をしないなんて…!あっちょっと待っててください!!」


ばしゃんっと勢いよく彼女は潜っていった。美しい魚の尾びれが水面を叩いて、それから5分ほどで浮上して人魚の手には、緑色の玄を張り巡らせた小さなハープが握られていた。
明らかにこの世のものではないなと思ってしまったのはそれが瞬間的にイノセンスなのだろうと思ったからだ。

まさかの、ドンピシャ。


「もう何百年も前のご先祖様が、人間と契りを交わして作り上げた楽器なのだそうです。けれど、私はハープは引けなくて、きっとヒトの世では高値で売れるかもしれませんから!」
『いや、売らないよ。売らないけど、もらってもいいの?』
「あなたにはねえ様を届けてくださった恩があります。それに比べれば全然たりないかもしれないですから、だからこれも。」


ハープと、さしだされたのは四角柱の瓶。ちょうど手のひらに収まるぐらいのそれには液体が入っているようだ。


「私たちの一族に伝わる、延命の秘薬です。いつか、あなたの命を救ってくれますように。」


まっすぐまっすぐ、彼女は微笑んでいた


190205




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