海の魔物
人魚が出る確率が高いのは夜らしい。
とは言ったものの、あのころのように懐中電灯もなければ人工的な灯りは蝋燭の仄暗いものや、灯台の灯りといったところだ。
そんなもの(といっていいのか…)でこの薄暗く広い海のどこかにいる人魚を探せなんてずいぶんと難しいことをいってくれるものだ。
「アイリ様」
『…レンさん』
ふわりと肩からかかるのは少し大きめのコート。顔を上げれば苦笑いをしている彼の姿があり、数度瞬きをしてしまうのだが、「風邪を引いてしまいますよ」といわれれば素直にお礼を言うに限る。さすがに、水辺は寒い。
サザン、サザンっと静かな波の音だけを聞きながら、その光景をただひたすら眺めていた。
「…アイリ様。」
『なに?』
「昔話を聞いてくれますか?」
そうすれば唐突に彼はそう言った。
顔を上げれば、「隣失礼しますね。」と彼は私と同じように海に足を投げ出す形で隣に座る。ふわりと風がふけば彼の金色の髪と私の髪を揺らした。
「俺の家族は昔AKUMAに殺されてしまったんです。」
何を思って彼がその話をしはじめたのか正直理解はできなかったのだが、見上げた彼の目に潜んだ闇色になにも言えなくなる。明かりのない真っ暗な海を見つめながら口を閉ざした。
彼が見ていた世界がどうであるかなんて私にはわからないのだが、それでも
「ちょうどあなたと同じくらいの妹もいました」
懐かしむようにいとおしむように告げる彼のそれは、きっと懺悔に近いんだと思う。
幾度となく繰り返される波の音は悲しいほどに残酷だ。
そんなときだ、爆音。
遥か先…おそらく今日ここに到着するはずだったであろう船が沈みかけてる。
『行ってきます』
「気をつけて」
イノセンスに集中させればふわりっと体が浮いた。
『アビス、展開。』
手首に巻き付いていたチェーンが螺旋を描きそして形状が変わっていく。ぐるりっと体の周りを銀が走り、そしてそれを撮れば円状に刃が外向きに広がる。イメージとしては、大きなチャクラムだ。
イノセンスの緑の炎が機動力を上げてくれる。
ぐっと足に力を入れればぶわっと炎が上がり、水上をすごいスピードで走り一気に船の方へと飛んだ
船を沈めている根源を掴むために…
『(…AKUMA?』
が…船を襲っていたのは人魚ではなくAKUMAだった。
卵形ではないのを見るとおそらくレベル2あたりなのだろう。形は人魚に近い…
タスケテ… 聞こえる…苦しみと悲しみの叫び…
再び強く水面を蹴って機動力をあげれば水飛沫が上がる。
そのまま船に飛び移り、空中へと飛び上がった
『っ!』
そのまま体を回転させて上空から水面に向けてアビスを投げる。その攻撃をAKUMAは海中に深く潜り技を回避されたのに舌打ちをしてしまったのは仕方がない。
船に残されたひとたちの叫び声が耳をつんざく、
動力を失った私の体は水面に向かって落ちていくのだが意識を集中させれば投げつけたイノセンスは手元に戻ってきた。
〔エクソシスト、エクソシスト〕
ノイズと共に、聞こえたAKUMAの声。
ついで、海面に浮かび上がってくるのは魚のような影。
ぐるんっと受け取った反動で体を回転させて空中にとどまる。
ばしゃんっと大きな水しぶきあがってこっちに飛び出してくる巨大な魚に重力にしたがって落ちていく。大口を開けて向かってくるその光景は回りから見れば自殺行為だ。
でも
『展開!展開!!展開!!!展開!!!!』
叫びながら手をはなせばじゃらりと勢いよく広がっていく輪。同時に大きくなっていく刃
大丈夫、大丈夫。
『私は、負けない』
水面に立つ私の周りに光が飛ぶ。
大きな爆発が起きたとは思えないほど静な。
小さな子、私の声を聞いてくれて…お礼に私達の秘宝をお譲りしましょう…貴女の目印になればよいのですが……
そう言って私の手に透明な真珠を落としそこで言葉は切れた。
ふわりとての中に落ちてくる小さな光は静に消えていく。
『…おやすみなさい…』
呟くようにその言葉を。
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