出発を



リナリーが泣きそうな顔で私を見る。片手に持つのは私の体には少し大きめの荷物。
数日前に実は言われていた私の初任務はまさかまさかの単独であり、リナリーよりも早めの出発ということだ。
ちなみに私がこれから向かうのはドイツ。

グリム童話でおなじみ「人魚姫」
…といいたいところだが、そんな生易しい感じには事前説明では受けなかった。というよりも正直室長は明らかに死にに行かすような内容だろうと思う。

聖戦にこんな子供は必要ないということか、それとも実力主義だといいたいのか…
リナリーは大切にしてもらいたいから別に私がどんなに怪我をしようと構わないのだが。



「本当に、本当に、行っちゃうの?」

『うん。お仕事だから』



すでに同行してくれるファインダーは船に乗り込んでいる。
そろそろ出発しないと明らかに列車に乗り遅れるだろう。それだけは避けたいのだが、この小さな女の子を残していくのには少々気が引ける。

かなり長丁場になるだろう。
黒の教団本部があるここ、「バチカン」はスイスとオーストリアを挟んだ先で、どちらかといえばベルギーが最寄りだったと思う。
世界史は盛大に苦手だが事前学習っぽいもので場所の確認だけはした。確認だけは。



『リナリー、お土産買ってくるね。』



にこりと笑ってからぎゅぅっとリナリーを抱きしめる。
私は東洋系の母の黒髪と、西洋系の父の空色の目を持ってるが、リナリーは純東洋系だと思う。
ならば私のほうが少なからず発育は良いはずなのだが、この子の身長は不思議と高い。
私の身長が伸びるのがもしかしたら遅いのかもしれないが…。

せめて安心させてあげたくて、ぽんぽんっと子供をさとすように言ってよしよしと頭を撫でる。



「絶対、絶対、帰ってきて…っ」

『うん、帰ってくるよ。私の家はここだから。』



彼女は失うことを恐れてるんだろう。
家族を奪われたからこそ、これ以上何かを失うことを…。
少しはよりどころになれたのだろうか、少し不安になるけれどたまにはこういうことも必要だ。きっと。



『行ってきます。』

「うんっ」



体を離して船に乗り込む。きしむ音と、わずかに水の跳ねる音。わずかにバランスが崩れたが、船底に手をついて転倒だけは防げた。
それからちゃんと座って振り返ればやっぱりまだ不安そうなリナリーと、それからそんな彼女の後ろ…。
船着き場の入口の壁に寄りかかってこちらを見ているワイシャツに黒ズボン…完全にオフ姿のクロスの姿。

腕を組み、いつもどうりの読めない表情をしているが、いつもどうりなのが一番いい。

にこりと彼に笑ってから、『お願いします。』とファインダーの方に一言いえば「はい」と一言言ったその人は船を勧める。
ぎぃ、ぎぃ、っと独特の音と共に船が軌道に乗れば、「いってらっしゃい!!」っとリナリーの大きめな声が響いてきて、ひらりと彼女に向かって手を振った。








ローレライ伝説。

聞きなれないその単語だが、要は人魚伝説。
魅惑の美声で漁師を惑わせて船を沈没させるという。

ローレライは不誠実な恋人に愛想を尽かせた乙女が、目的地であるドイツ、ライン川に身を投げ水の妖精になったというところから始まる。
諸説あるようだが、もともとローレライ近郊の川はもともと流れも早く、身投げ者が多い。

それが最近、特に身投げ者が増えたという。
そして頻繁になったAKUMA発生率に、もしかしたらイノセンスがあるのではないかと教団が調査をした。
すると漁師の間で不思議な歌がきけたということ

もしも人魚が現存するのであればそれはイノセンスの寄生型ではないかと推測される。






なじかはしらねど心わびて
昔のつたえはそぞろ身にしむ
さびしく暮れいくラインのながれ
いりひに山々あかくはゆる

うるわしおとめのいわおにたちて
こがねの櫛とり髪のみだれを
梳きつつくちずさぶ歌の声の
くすしき魔力(ちから)に魂(たま)もまよう

こぎゆく舟びと歌に憧れ
岩根もみやらず仰げばやがて
浪間に沈むるひとも舟も
くすしき魔歌(まがうた)うたうローレライ

(Die Lorelei より)



20160916




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