彼は嘲笑った。
「それでは足りぬ」と、右目をあざ笑う。
その男が求めたものは「蒼の宝刀」と「紅の鎧」。
両方がそろわねばならぬ。
けれど、右目は片方しかもっていない。それは彼が蒼にしか属していないからだ。
交渉決裂待ったなし。
「まったまったまったまったーーー!!!!!!」
だがしかし、響いたのは第三者の声。
小十郎でさえも驚き振り返れば、木箱を背負い紅の鉢巻きをたなびかせた若虎…幸村が彼らのもとに駆け寄ってくる。
そして、勢いそのまま止まれば、ずざざざっとわずかに止まり切れず砂埃が上がった。
「武田が家宝ならばここにありもうす!!」
止まってから幸村はそう言葉を叫ぶ。
その背にくくっていた木箱を下すその背を見て、小十郎が静かに「真田…」と彼を呼んだが、彼にとっては関係ない。
しゅるりっとくくっていた紐をほどき、先ほどの小十郎同様松永を見上げ「某、真田源二郎幸村と申す。お館様の名代として馳せ参じた!」とそこまで言葉を継げてから蓋が開くようになった木箱を開ける。
「これぞ、我が甲斐・武田に伝わる楯無の鎧。まごうことなき本物。しかと改められよ!!松永久秀殿!!」
その中には確かに政宗の枕元にあった楯無の鎧。
そしてそれを出した幸村は己らが立ってるそこよりも少し前に出し、数歩下がった。
併せて松永も、数段段差を降りてくる。
彼の周りには竜の爪。
目の前先には楯無の鎧
「こんなにもたやすく宝が手に入るとは…」
うっとりとしたようにその二つをこれから愛でる情景でも想像したのか、
けれど、視線のみは静かに背後をみて、そして前に戻る。
彼が一瞬。気が付いた先には迷彩の…
猿飛佐助が潜んだが、残念ながら気が付かれてしまったらしい。
「そろったとなれば、用済みだ。」
高鳴った音。
瞬間爆発が起き、「片倉様!!」という兵たちの声は爆音に飲み込まれる。
そしてその場にいたであろう、佐助の安否を確認するように幸村も声を張ったが、やはり爆音に飲み込まれてしまった。
爆発、爆発、爆発。
小十郎と幸村にどんどんと迫っていくそれは挟み撃ちにし、楯無の鎧を超えて彼らを巻き込んだ。
遠くから見れば、まるで山火事のようなその情景。
爆風に飛ばされ、地に伏せる小十郎と幸村を静かに見つめる松永の背後には、業火。
くつくつと笑いながらそのうちの周りに突き刺さる竜の爪のうちの一本を手に取り、水平に構えると鞘から抜いていく。
美しい刀身に炎の朱と、反射したのは松永の顔だった。
一通り炎上を終えたその場所はひどく煙たかった。
愛おし気に竜の爪を撫でながら楯無の鎧に歩いていく。
「ひとつ、ふたつ。ヒトも物も生まれて壊れることの繰り返しだ。いつか壊れるものならば、ほしがる心にあらがうことなく奪い、愛で、そして好きなように壊せばいい…。」
足元に転がる、風圧で倒れた楯無の鎧を抱えようと両手で触れた松永に、むくりと体を起こし小十郎は「松永…」とドスのきいた声を発す。
はらりといつも整えられている前髪が二束その額に落ちた。
「さぁ、帰りたまえ。取り戻すべき人質はもういない…私と戦ってももう無駄だ。」
バチリと、彼が纏うのは青い稲妻。それは政宗と同じ力。
彼の秘められた怒り。稲妻がわずかな風を起こし、髪とそして羽織をなびかせる
そんな小十郎の様子に松永は目を細め「ずいぶんと機嫌が悪いようだねぇ…」とあきれたようにつぶやいた。
実際彼にとってはあきれるほかないだろう。
彼の求めているものは「宝」であり、「命」ではない。
「宝」が壊れることもまた一興と思う彼にとって「命」が散ることもまた一興。
見世物でしかないのだ。
立て直した鎧をなでて、「私はほしいものを手に入れただけなんだがなぁ…」と言葉をも漏らす
そんな間にも小十郎は松永のそばに歩み寄り、その小十郎の背を未だひれ伏したままの幸村が上半身だけを起こし、見上げていた。
「てめぇには…地獄の扉の開け方を教えてやる。」
珍しく片手。そして乱暴な構え。左手に持つその刀を肩に担ぎ、松永に近づいていく。
小十郎の荒れ狂うような姿。今まで見せたことがないようなその一面に幸村が「片倉殿…」と彼を呼んだがまったく意味はない。
「卿は私の命を欲するか…結構…欲望のまま奪うといい…。それが世の心理…!」
楯無の鎧に置いていた右手を刀へと伸ばし、抜き、そして水平に振り切れば、周りの塀や林から飛び出してくるのは背に大きな爆弾を背負った「爆弾兵」
不気味な雄たけびを上げて小十郎と幸村に駆け寄り迫る
先に動いたのは小十郎ではなく幸村。
すぐに体制を立て直し、槍を手に振り切れば風圧で爆弾兵は体制を崩し、その背に背負っていた爆弾は吹っ飛び地面に落ちればまた爆発する。
その爆発の影響で砂煙が舞うが、その見えずらい視線の先からも新たな爆弾兵。
一言で言うならば「キリがない」
「この兵から達は覇気を感じぬ…!斯様な敵とはまみえたことがないでござる!」
「金で飼いならされた連中だ。忠義の家臣なんざいるわけがねぇ」
幸村の戸惑い。小十郎のいうことはもっともだ。
まだ戦いは始まったばかりだ。
***
騒がしいといえば騒がしいのか。
遠くの空から聞こえてくる爆発音に、いまだ戦いの真っ最中だということを教えてくれる。
小十郎は無事か…なんてさも当たり前に出てくる答えを導き出す答えを繰り返す。
ため息をついて、また空を見上げた。
刀なんて、正直いらない…。
命さえあれば、またいくらでも作ることができる。
それは、あの男に…松永久秀に伝わっているだろうか。
『人も物も、いつかは壊れる。だが少しでも長く、壊れないように大切にすることが優しさであり、慈しみだ』
武田のおっさんの話を聞いた松永の性格。ありゃあ、一歩間違えば私だったはずだ。
そして、「かわいそう」。
壊すことしかできないから仲間の温かさを、そして支えを知ることもないだろう。
それをわかっているからこそ、守ろうとする。そして強くなる。
『小十郎…真田…』
無傷で…とはいわない。どうか無事に帰ってこい。それだけでいい。
生きていれば傷なんて治る。時が解決してくれる。
だから、生きて帰ってこい。
それだけが、私の願いだ。
20160905