美しい武田の庭。
昨晩眺めていたそこで政宗はいつもの陣羽織に身を包み刀を振っていた。
昨晩の姿とは裏腹なその姿は、眠っていた時の体の鈍りをあまり感じさせないそんな姿であり。
両の手で一振りの刀を握るそのいでたちは普通の女ではなかなか見ないであろう。
「長篠での傷も癒えつつあるようで」
そんな彼女に歩みより、主の回復を喜ぶ彼の姿。
小十郎のほうを振り返り、刀を肩にかけた政宗は笑んで見せる。
『えぇ、いつでも魔王の首を取りに行ける』
その口から出るのは宣戦布告。
早速いつもの調子を整えつつある彼女に、小十郎も笑う。
昨日の今日。
けれど、政宗の心に確かに決めた覚悟は炎のように灯っていた。
「大事に至らず安堵いたしました」とやわらかい、彼女にしか見せないような笑みで告げる小十郎はきっとそんな政宗の心境を感じ取っているだろう。
だからこそ、今は休んでほしいと思うが、彼女が簡単にそれを受け入れるわけでないことも承知済みだ。
『よく言う、手負いの私に刃を向けたのは小十郎でしょう?』
『もう一度やる?』とくすりと笑む政宗は悪戯心だ。そんな彼女に「兵との手合わせでしたら」と軽く受け流した小十郎の表情が変わる。
刀を再度握り、その後基礎的な方を丁寧に決めていく政宗はある種の芸術ともいえよう。
けれど、松永との一悶着。信長とのこと。そして、主に刃を向けたこと…
「政宗様。信長を討ち、そののち天下を治めた曙にはこの小十郎。覚悟は出来ています。」
考えは言葉にまとまり口に出ていた。
そして、その言葉が出ることを、政宗はわかっていた。
誰よりも忠義を持ち、誰よりも優しく、誰よりも裏切りを許さないそんな堅い男。
『なんの覚悟?』
「理由はどうあれ、貴女様に刃を向けましたこと、いかなる罰をも受ける所存」
『You’re Fool』
刀の軌道が、小十郎の鼻先で止まる。南蛮の言葉で、小十郎を馬鹿にしたが彼は理解をしていない。
口角を釣り上げて、『馬鹿』と一言告げた政宗はふぅっとひとつ息をついて眉尻を下げた。
『私は二度と、右目を失いたくない。』
その言葉は望みと
『お前はそんな私の願いを無にするのか』
彼女の唯一のわがまま。
そんな政宗の言葉に、小十郎は静かに膝をつき頭を下げた。
『これからも、私と共にいろ、小十郎』
「はっ!」
これから起こる惨事なぞ誰も知らず、空は今だ美しいまま、広がっていた。
その少し先に、暗雲が立ち込めることなど、だれも知らず
***
数刻後。その青空はまがまがしい曇天に移り替わっていた。
蝋燭の明かり一本ない、大広間に収集された政宗は腕を組み、佐助の話に耳を傾けていた。
上段には武田信玄。目の前には真田幸村。
斜め右後ろに小十郎がいて、そして軍議のようなその空気。
あまり重苦しいものを好まない政宗にとって固く、すこし苦手とするもの。
『あの変態やろうに、徳川が、ね』
織田に同盟の破棄を求めた徳川を、問答無用で切り捨てた。そしてそれが、信長の代理としていった明智の所業。
それは彼らにとっては確かに自らの傘下にいた武将であり、楯の一つである彼ら徳川。
同盟破棄となれば自らを攻めてくるとき脅威になるとは思う。それも戦国最強本田忠勝が徳川にはいる。
先日の長篠での戦いで、深手を負っていても…だ。
「っ家康、殿…!」
静寂に、幸村の怒りに震える声。政宗の視線が幸村に移る。
まだ若い…といっても肉体年齢は己とそんな変わらないであろう青年は、長篠での戦いで徳川家康と刃を交えていた。
そこでどんな会話があったか、政宗は知らないが、家康たち徳川は義に厚い。
「忠義に熱き徳川家臣たちの無念心痛いかばかりであろうか…」
肩を震わせ、拳を握り。
まるで己がその痛みを受けるように表情をゆがませる幸村は早速武将として生きるのはかなりつらいところがあるんだろう。
佐助が少し複雑そうな顔をしているのもきっとそのためだと、考える。
「信長の九州攻めに、明智は同行しなかったということか」
「報告によれば明智だけでなく、織田の中でも軍を抜いた戦闘力を誇る魔王の嫁、濃姫と森蘭丸っていう弓使いも。」
小十郎、佐助と話が進む。重苦しい雰囲気が漂う。
明智の単独行動。そして濃姫、森蘭丸の行動。
なにより、そんな戦闘力が欠けた状態であろうと西国を落としていく織田軍の勢力は計り知れない。
「本体を西国制圧にあて、長篠の傷癒えずいまだ再包囲網もならぬわれらに死角としてそやつらを差し向けるかもしれぬ。」
「東国の連携を絶ち、それを落とそうってことか」
『だとすれば、次は武田のおっさんかもしれないぜ?あるいは…』
信玄に視線を向け、言葉をつづる政宗は次いで、佐助に視線を移す。
そうすれば「アンタかもしれないよ、独眼の姫君様。といいたいところだけど、越後にはこのことは…」と佐助は言葉をつづけるが、信玄の好敵手である上杉謙信もあの戦には参加している。
狙われることも考えられる。
それを踏まえての、
『ともかく、気を抜くなって話だ。伊達領には俺の信頼する仲間もいるし、最上ともうまく連携がとれているから国攻めが起こることもねぇだろう。だが…大切なものがあると、気がくるっちまうやつもいるもんだ。』
守られるべき存在なのに、守りたいと思ってしまう。
『私も、その部類だろうな。』
政宗は静かに微笑めば、信玄は逆に難しい顔をする。
それは佐助もだ。
『だからこそ、大切なものは遠くに置いておきたい。』
つぶやくそれは、彼女の「予感」だった
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