千代の体術は衰えていなかった。
そこはさすがというところだろう、

だが、男を殴った時の千代の表情は酷く辛そうだ。


あたりまえだ、
競争で殴ったことはあろうが、しかし、素手で殴るのはあの頃を思い出すからだろう。



『・・・っ』



辛そうに表情をゆがめている。
ゆっくりと身体をおこして、家康を見れば鞄を拾い、汚れを払っていた



「家康・・・貴様なのか・・・?」



うすうす、感づいてはいた。
千代は・・・もしかしたらと・・・

しかし、だ



『三成、大丈夫だったか?』

「答えろ」

『いやぁ、びっくりしたぞ、
 お前がいるなんて』


ここまで、私に気づかせておいて、何故平然を装う。
歩幅を広め、千代の目の前まで行けば、寂しげに目をほそめていた



「家康、戯言をこれ以上私に聞かせるな!」



千代の首にかかる紐を引っ張れば、苦しげに息を吐きそして表情をゆがめた

だが、確認したいのだ、
ただ、確信が欲しいのだ



「言え、記憶があると、私との約束がある。」

『っみつ・・・なり』



紐を掴んでいる私の手に、千代の手が触れた、
震えているその手、

泣きそうなほどに、瞳に涙を溜める瞳




『わ、私は・・・』



それ以上、言葉をつむがせたくなくて、その唇を己のソレとふさいだ。
驚いたように見開かれた瞳、
反動でつたっておちた涙。

酷く近くにある千代の瞳。
一度離して、そして、また口付けた。


あのときの世では、互いに引いていた。
だから、こんな行為はしたことなかった。



ゆるりと離せば千代は固まったまま私を凝視している。
そっと千代の名を呟けば、泣きながら首を振り、私の腕の中から走って逃げた。


私の名を呼べ。

そしてその笑みを向けろ。


そのまま私にすがれ、そしてそばにいろ


そんな私の思いは二度と、届かないのか・・・?



*-*闇の悲しみ*-*


(千代・・もう、私は・・・)



手に残ったのは、解けたのであろう、
千代の結い紐


もう、戻れないんだろう、
だったら、こんなもの・・・




捨てようとして、捨てられなかった



執筆日 20130623



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