「綾部せんぱーい!」
僕を呼ぶ低学年特有の高い声が聞こえる。
「はぁい、ここだよ〜」
ターコちゃん2号を掘るのをやめて上を向くと太陽の光を纏って可愛いらしい顔をした後輩があらわれた。
「なまえ?」
なまえは用具委員会で、よく僕の掘った穴を埋めている。食満先輩は僕に会う度に文句を言ってくるけど、なまえは何故か毎日僕の蛸壷掘りを眺めにくる。
「はい!先輩は、今日も蛸壷掘り頑張ってるんですね」
「うん、これはターコちゃん2号だよ〜」
「ターコちゃん2号!可愛い名前ですね!」
なまえは笑顔でそう言うが、僕の蛸壷にそんなこと言うのなんてなまえくらいだ。前から思ってるけどなまえは不思議な子だ。
今日もいつも通り眺めてるんだろう。そう思って僕は穴掘りを再開する。
ザクザクザクッ
「…」
ザクッザクッ
「…」
ザッザッザッ
「あの〜、先輩〜」
「…なぁに?」
珍しくなまえが話しかけてくる。いつもなら完成まで何も喋らないのに。
僕は黙ってなまえの返事を待つ。
でもなまえは、えっと…と口ごもってしまっている。おかしななまえ。僕は薄く笑った。
すると、僕が笑ったのに気付いたのかなまえがやっと思いを言葉にした。
「…あの、今日は私も掘るの手伝いたい、です」
恐る恐る僕の反応を確かめるように言うなまえ。そんなにびびらなくても、僕は怒らないのになぁ
「いいよ、こっち入ってきて」
「え!いいんですか?」
「うん、なまえだから」
そう言って僕はなまえが入りやすいように少しスペースをあける。入ってくる時、少し顔が赤かったけどどうしたんだろ。まぁいっか。
「じゃあ、はい。特別に僕の踏み子ちゃん貸したげる。」
道具も何も持ってない様子のなまえに僕愛用の踏み鋤を渡した。
ありがとうございます、と可愛いらしく受けとるなまえ。う〜ん、やっぱり顔が赤い。熱でもあるのかな?
「…使い方は分かる?」
「は、はいっ!ずっと見てましたからっ」
「そう。なら良いや」
なんだか嬉しくなって、ふふ、と笑う。
「…なまえ?」
気付けばなまえは僕をぼーと見つめていて、顔もさっきより赤い。僕が声をかけると、はっとしたように踏み子ちゃんを持って穴を掘り始めた。
う〜ん。でも、やっぱり顔は赤いままだ。
僕は穴を掘るなまえのおでこにピタ、と自分の手を当ててみる。ん、熱は…ない?
試しに頬っぺや耳やらペタペタと触ってみる。
「あ、あの…綾部先輩?」
「ん?」
なまえがさらに真っ先な顔をして僕の名前を呼ぶ。
「あの…いきなりどうしたんですか?」
「なまえが熱あるのか確かめてた」
「へ?熱ですか…?」
「うん。だってなまえの顔、真っ赤なんだもん」
そう言えば、なまえは思いっきり自分の手で顔を隠した。
…びっくりした。なまえは本当に変な子だ。
僕は顔を覗きこむようにしてなまえを見る。
「熱はないみたいだけど、一回保健室に行ってみたら?」
「ぁ…いえ、それは大丈夫です」
「本当に?」
「…はい」
まだ手をどけようとせず、顔を隠したままのなまえ。
やっぱり本当はしんどいじゃないのかな。
「なまえ、こっち見てよ」
「きゃっ!」
名前の手をのけて無理矢理僕の方を向かせる。
「やっぱり顔赤い。…僕が保健室連れてったげる」
「え、いいですほんと大丈夫で…」
なまえの言葉は無視して僕はなまえを横抱きにするとピョンと穴を飛び出した。
「先輩、本当に私問題ないのでっ」
「あるよ」
「ありませんっ」
「…鏡見る?」
「わぁ〜!見ませんよ〜!」
なまえは保健室が苦手みたいで凄く嫌がって僕の腕の中で暴れる。
しまいには落ちそうになるから、危ないよ、と言って抱え直したら大人しくなった。
「〜綾部先輩っ!」
「なぁに?」
「…やっぱり私、病気かもしれないです」
「あ、やっと認めた」
「違います!そのっ、先輩が思ってるようなのじゃなくって、私、」
なまえが真っすぐに僕を見つめてくる。抱えているわけだから凄く距離が近くて、何でか僕の胸の音のリズムがが速くなった気がした。
「私、先輩見てると胸が凄く、ドキドキするんです。それに先輩が笑うと胸がきゅーって苦しくなります。」
早口でそう言ったなまえに僕はきょとんとする。
「…じゃあ今の僕も病気になりかけなのかな?」
「え、それはどういう…」
「なまえを見てると時々胸の音が早くなって、…今も凄く早くなってる」
聞いてみてよ、と僕の胸の音をなまえに聞いてもらうとやっぱり速かったようで、なまえが驚いた顔で僕を見た。
「ふふ、…先輩も私と同じ病気だったんですね」
「これ、治るのかな?」
「……治らなければいいです」
「病気なのに?…変ななまえ」
そう言えば、また笑う。頬を赤く染めて笑うなまえはいつもよりずっと可愛く見えた。
君を見てると
(先輩、それは多分恋です。)
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鈍感綾部、可愛いよ〜!
でも綾部の口調が分からなさすぎて…