あんなに煩かった蝉の声も聞こえなくなり、気付くとまたこの季節がやってきた。私は一人、すっかり赤くなった山道を登っていく。時折、はらはらと静かに私の傍を紅葉が落ちていく。




『―…なまえ、今からちょっと時間あるか?』
『え、今からですか』
『あぁ。』
『いいですけど…』





…カサ、カサ。一歩進む度に思い出す、先輩と私の懐かしい思い出。





『…ハァッ、どこ行くんですか!?』
『それは内緒だ。それより早く行かんと間に合わん』
『…え?いきなりしゃがみ込んでどうしたんですか』
『………乗れってことだ!ばかたれっ』
『!』





…カサ、カサ。これだけ歩けばすぐに辛くなっていた足も今では軽やかに前へ、前へと動いてくれる。先輩に抱えられて流れるように見た景色は、今も変わらないままで私の視界に入ってくる。






…カサ、カサ。






『なまえ、もうすぐでつくぞ』




…カサ、カサ。だんだん広がっていく空を前にして、また思い出の中の先輩の声が聞こえた。




一歩、二歩。しっかりと土や枯れ葉を踏み締めるように進む。そして、目の前にあった木に腕を延ばし、最後の一息とばかりにぐいっと木を押す反動で体を前に進める。






――途端、私の前にあの頃見たものと同じ景色が広がる。沈む夕日が木々の赤だけでなく空までをも真っ赤に染め上げ、辺り一面怖いぐらいに綺麗な赤が広がっている。





ぼぅ、としばらく立ちつくしてしまう程に、


「…綺麗。ねぇ、先輩」


呟やいた言葉に返事は来ない事は分かっていた。それでも、あの頃の思い出が頭の中を支配して、まるで先輩がそこにいるかのような錯覚が起きる。



『…ついたぞ!』
『…っわぁ、………綺麗っ』
『だろ?…お前に一度見せておきたくてな』




そう言って、周りに負けないぐらい真っ赤な顔で私に好きだと言ってくれた先輩。なのに、照れて何も言えず、なかったことにしようとしてしまった私。結局、返事もちゃんとできていないまま先輩は卒業してしまった。






目の前に広がる赤と思い出の中の赤を同化させるように私はまたしばらくの間ぼぅ、とそれを眺める。








「…先輩、」


ざぁ、とたくさんの赤が揺れたかと思うと秋の涼しい風が私を通り抜けていく。



だんだん消えていく赤色を目にしながら、言えなかった言葉を口に出す。



「…私も大好きでした」






私も卒業してしまう前に、それだけが言いたかったの。













思い出の中の貴方に
(ほんとは貴方に直接言いたかった)










――――――――――

返事を貰えなかった文次郎は振られたと思って卒業後の進路も教えず忍術学園を去ってしまった設定。

大事な事はちゃんとその時に言わないといけないよね、と数日前に「時をかける少女」を見て思いました。