成歩堂なんでも事務所 昔話編 1
「ただいまー」
「おかえりなさい、オドロキさん!」
3月某日、『成歩堂なんでも事務所』。
所用を済ませ、外出先から戻ったオレを出迎えてくれたのは奥の所長室で座るみぬきちゃんと、テーブルに置かれた平たい長方形の箱だった。
「どうしたのコレ」
「パパの『お土産』だそうです。二人で食べなさいって」
あー。……そういえば、何日か成歩堂さんの姿を見かけなかったな。また、ゴクヒ任務とやらかなぁ……。
などと考えながら、みぬきちゃんが座っている正面のソファへ腰を下ろす。
入れ替わりに、気を利かせてくれたみぬきちゃんが「お茶、淹れますね」と立ち上がり給湯室へ姿を消した。
手を伸ばして『お土産』の箱を開けようとしたが、ふと気になって手を止めた。
「成歩堂さん、岡山に行ってたの?」
給湯室でお茶を淹れるみぬきちゃんへと、声をかける。
テーブルに置かれた『お土産』の箱には、大きく印刷された「きびだんご」の文字。
確認を取るつもりで行き先を聞いたのだが、給湯室から返ってきた回答は意外なものだった。
「岡山とは限りませんよー?」
「え?」
そのあとすぐ、二つの湯呑を手に所長室に戻ってきたみぬきちゃん。お茶が入った湯呑を持って立ったまま、何かを思い返すかのように斜め上へと視線を投げた。
「以前も「福岡に行って来た」って言いながら、お土産が『仙台名物 萩の月』だったこともありましたし」
……その行動に、果たして意味はあるのだろうか?
「みぬき。パパがドコへ行くのかいつも聞いていないから、今回の行き先も知らないんですよ」
「あ、そう……。ところで、当の本人は?」
「これを置いたあと、またフラリと出かけちゃいましたけど」
本人に聞いてみようと思ったのだが、また行方不明らしい。
「成歩堂さん、あんまりフラフラしないで欲しいよなぁ。一応、副所長なんだしさー、事務所の財政だって苦しいのに。仕事しろよ、仕事……」
帳簿の数字を思い浮かべて軽い溜息をつきつつ、ぶつくさ文句を言っていると……
「オドロキさん!!」
「え……。な、なに?」
急に強い口調で名前を呼ばれて、おもわずビクッと肩があがった。
呼ばれた方を見れば、怒っているようにも見えるみぬきちゃんの真剣な表情。
もしかして、オレが成歩堂さんの悪口を言っている、とでも思ったのだろうか?
冷や汗をかきながら彼女の次の言葉を待っていると、湯呑がテーブルにドン!と置かれた。
(うわっ!??)
再び、ビクッと上がるオレの肩。
みぬきちゃんの手が『お土産』の箱をビシッと指さす。……そして、
「この『桃太郎』間違ってますよね!?」
「…………は?」
そして。
真剣な表情のまま、全く予想だにしなかった言葉を目の前の少女は発したのだった。
「…………ええーと……。『桃太郎』って、このお土産の包装紙に描かれたやつ?」
もしかして聞き間違いだったのではないか。と、混乱ししつつも確認すると
「たぶん、そうです」
と、答えが返ってきた。たぶん、ってなんだろう。
そして、やはり聞き間違いではなかったようだ。
オレに対して怒っていたんじゃなかったことにホッとしながら、じっくりお土産の包装紙を見返してみる。
「??いや、別に……変なトコロは無いと思うけど」
包装紙に描かれたイラストは、『桃太郎』と書かれた羽織を着た桃太郎が、『日本一』のハタを掲げてお供のサル、キジ、イヌの三匹を連れて歩く姿。特におかしな点は見当たらない。
「えーっ?みぬきが知ってる『桃太郎』と違うんですけど!」
「違うんですけど!って『桃太郎』は日本全国、これだと思うよ」
「日本全国、同じ……?」
そう言うと、みぬきちゃんはまた真剣な表情をしてしばらく黙ってしまった。
「……うーん。オドロキさん、ウソついてないですよね?」
「そんな、しょうもない嘘を言ってどうするんだよ」
本当のことを言っているのだが、みぬきちゃんは納得いかないようだ。ものすごく不満げな顔で、お土産を開けようともせず『桃太郎』が描かれた包装紙をみている。
今にはじまったことじゃないけど、変なコだよなー。
……そういえば、『桃太郎』といえば。
以前、事件の捜査時にドブロクさんのアトリエで、妙な『桃太郎』を話していたことがあったような。
「あのさ。ためしに、みぬきちゃんが知ってる『桃太郎』を話してみない?もしかして、別の昔話と『桃太郎』を混同しているのかもしれないしさ」
すべてを聞いてみれば、2人の『桃太郎』が食い違う原因が明らかになるかもしれない。
「いいですよー。じゃあ、オドロキさんの知ってる『桃太郎』と違っているトコロがあったら教えてください」
少し機嫌がなおったのか、にっこり笑うみぬきちゃん。ソファに座ると、しめやかに『桃太郎』を語りだした……。
「むかし、むかし……。あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは、山へ柴刈に。おばあさんは、川へ洗濯に……」
うん。序盤は、オレが知ってる『桃太郎』と同じだよな。
「おばあさんが、洗濯をしていると上流から大きな桃が『ズンドコ』流れてきました」
「待った」
「はい?なんですか」
「そこは、普通『どんぶらこ』だろ?なんだよ『ズンドコ』って」
ドブロクさんのアトリエで聞いたときも、気になってたんだよなー。この効果音は変だろ。
「『ズンズン、ドコに行くのか分らない』から『ズンドコ』ですよ!じゃあ、逆に聞きますけど『どんぶらこ』って何なんですか?」
「えっ!?そのー……『どんぶらこ』は……擬音」
まさか『ズンドコ』に、それっぽい理屈をつけられるとは思っていなくて答えに詰まる。
そういえば、『どんぶらこ』って何なんだろう……。
「えーと……次!まだ序盤だし、話の続きにいこう」
「えー?オドロキさん、ずるいー!」
ぷぅ、と頬をふくらませて抗議するみぬきちゃん。しかし、オレに『どんぶらこ』の説明を求めてもムダだと思ったのか、さっさとあきらめた顔で話の続きを語りだした。
「おばあさんは大きな桃を持ち帰りました。家でおじいさんと桃を割ってみると、なんと中から男の子が!男の子は『桃太郎』と名づけられ、すくすくと育ちました。大きくなった桃太郎は、ある日「鬼ヶ島へ行く」と言いだします……」
「うんうん」
序盤に少々の違いはあったけど、ここまでは普通の桃太郎と変わらない。
みぬきちゃんは、ドコが違うというのだろう……。
「そうして桃太郎は、おばあさんが作った『きびだんご』と、『ザル』『トリ』『イクラ』と一緒に鬼ヶ島を目指しました」
「そこだーーーーー!!!」
「?なんですか?」
「いや、明らかにおかしいから!『ザル』は濁点が余計だし、『トリ』は大雑把すぎて何の鳥かわかんないし、『イクラ』は『イ』しかあってないし、っていうかもはや生物じゃなくて食品だろ!?」
「何を言ってるんですか、オドロキさん」
「え?」
みぬきちゃんは、「はー、やれやれ」とばかりに、ため息をついた。
「『ザル』『トリ』『イクラ』は、『ザルそば』『焼きトリ』『イクラ丼』の略で、おばあさんが作ってくれた桃太郎の好物じゃないですか。食品なのは、当たり前ですよ」
「どこが、当たり前だよ!普通は『サル』『キジ』『イヌ』の三匹がお供だろ!!」
「えー?キジはともかく、サルとイヌは食べれないじゃないですか」
「食うなよ!!!」
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