成歩堂なんでも事務所 バレンタイン編 2
ついポロっと出てしまった言葉に、作業中の手を止めると立ち上がって身体を近づけ、ジロリとにらんでくるみぬきちゃん。
「いや、その……」
怒らせている相手に「チョコレートの催促」だとは言えもせず。オレは、思わず視線をそらし固まってしまう。
なにやらゴソゴソと音がしたので、視線をみぬきちゃんに戻してみると、いつのまにか『牙琉検事への手作りチョコ』を包み終わり手早くリボンをかけるところだった。
「では、ガリュウ検事にプレゼントしに行ってきまーす。もちろんオドロキさんはお留守番ですから。あ、みぬき、ガリュウ検事に手渡したあとは、そのままビビルバーに向かうので戸締りよろしくお願いしますね」
身をひるがえし事務所の玄関へと向かうみぬきちゃん。
「え、ちょっと……」
その言葉が意味するのは、今日はこれでみぬきちゃんとはお別れということ。
……ってことはなんだ。
今年は、本当にチョコレートは無しってことかーー!?
固まったまま、みぬきちゃんの背中を見送る。
しかし願いが通じたのだろうか。ピタリと2、3歩進んだところでみぬきちゃんは足を止め振り返った。
「あ。忘れてました」
ポシェットから、取り出したのはチョコレートの包みらしきもの。
「そのチョコレートって、もしかして……」
今この事務所にいるのは、オレとみぬきちゃん二人だけ。当然、オレに……だよな。
「みぬきちゃん、ありがと……」
ボウシくんを壊しちゃったオレにも、チョコレートを用意していてくれたのだ。
ちょっとだけ、涙でうるんだせいでオレの視界はゆがんでいる。
そうして差し出された、チョコレートを受け取ろうと手を伸ばすと
ガシャン、ガシャンガシャン、ガシャンガション、サッ!
受け取ろうとしたチョコレートは、響き渡る組み立て音と共に、黒いジャケットに白い手袋のヤツに奪い取られた。
『みぬきサン。バレンタインのチョコレートをアリガトウございます』
「え?」
気付けば、チョコレートは組み上がったボウシくんの手の中にあった。呆然としていると、そのままチョコレートはボウシくんの口の中へ……
パクン!
「あ゛ーーーー!!!」
『ゴチソウサマでした』
今度はショックで涙目になるオレ。その様子をみてニッコリ笑うみぬきちゃん。
「オドロキさんにあげるチョコだと思いました?ふふ、みぬきのあげるチョコは、そう甘くはないんです」
ボウシくんを片付けて、今度は一度も振り返らずに外へ消えていった。
……
…………
「あーーー。今年はチョコレート無しかー」
あの調子じゃ、もうしばらく怒りはおさまらなさそうだ。
見送ったあと、ガックリ肩が落ちる。
ついでに力も抜けて、ソファに後ろに倒れこむように座った。
パキン!
「……ん?」
乾いた音と一緒に、お尻のあたりに妙な感触がある。
手を伸ばしてみると、ポケットに何か入っている。取り出してみると、
「チョコレート?」
銀紙に包まれた、こげ茶色の板が二つに割れていた。
商品名が印刷された包装紙がないので、ドコのメーカーかはわからない。しかし、カカオの香りからすると間違いなくこれはチョコレートだろう。
「ははっ、やるなぁ。みぬきちゃん」
ラッピング中か、それともさっきボウシくんが飛び出した時にポケットに仕込まれたのか。
シンプルな板チョコだけど、オレの分もちゃんとチョコレートを用意していてくれたようだ。
それが、なんだか妙にうれしくて。
笑ったまま、オレはチョコレートにかぶりついた。
そうして、口いっぱいに広がる……
「〜〜〜〜〜〜!??!?」
なっ、な、なんだ!??
なんだこの味はーー!!!!苦い!苦い!にーがーいー!!!?
もう「苦い」の一言しか出ない味が、口いっぱいに広がって目が回る。
オレは給湯室に駆け込み、ちょうど置いてあったグラス入りの水を一気に飲み干した。
「はーっ、はーっ、ぜー……」
なんだ!あのチョコレートのフリをした食物兵器はーーー!
ようやく口の中の苦味がマシになり、一息つく。
と、シンクについた手に何かカサカサしたものが当たっていることに気がついた。
ちょうど、グラスがあった位置に折りたたんだ紙がある。
「なんだコレ?」
広げるとこう書いてあった。
だから言ったでしょ。
みぬきのあげるチョコは、そう甘くはないんです
そして、紙に張り付いたチョコレートの包装紙には『カカオ99%』の文字。
『決して、バレンタインに女の子を怒らせてはいけないよ』
脳内で成歩堂さんのセリフが繰り返される。
「ほんっっっっと、そうですね……」
ぐったりと崩れ落ちながら、オレはその人生の先輩の言葉を強く、強く、心に刻んだのであった。
2月のある日 〜成歩堂なんでも事務所編〜 終
2009年3月21日 UP
2012年12月25日 再UP
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