成歩堂なんでも事務所 バレンタイン編 1
「オドロキ君。決して、バレンタインに女の子を怒らせてはいけないよ」
「はぁ。なんですかそれは」
成歩堂さんとそんな会話をしたのは、いつのことだったか。
たわいもない内容なのだが、妙に真剣な表情で言われたのでそのセリフは印象に残っている。
「オレは、そんなドジ踏みませんよ」
ははは。と笑いで返してその場は終わった。
そんなまさか、バレンタインに女の子を怒らせる失態なんてオレがするハズない。
そう、たしかにあの時は思っていた。
…
……いたのだが。
――2027年2月14日。成歩堂なんでも事務所――
この日オレは、見事にそのドジを踏んでいた。
「おはよう、みぬきちゃん」
「…………」
「そ、外はいい天気だよ」
「…………」
「今日は、朝からステージ衣装なんだ。これから、仕事?」
「…………」
「まだ、怒ってるの?」
「…………」
「あー、あれはオレが悪かったよ。前々から興味があったし、好奇心を押えられなくて……つい触っちゃったんだよ。もう散々あやまってるしさ、許してくれない?」
「ダメです!」
……先に断っておくが、みぬきちゃんが怒っているのは、オレが彼女に対して「いやらしい行動」をとったからではない。本当に。
まともに口をきいてくれないほど彼女を怒らせた原因は、かれこれ5日前にさかのぼる――
「ただいまー……うおぅ!?」
普段どおりに所用を済ませ「成歩堂なんでも事務所」に帰ってきたオレが目にしたのは、所長室のテーブルで横たわる人型だった。
ダラリと下がった両腕、
パックリと開いた口、
仰向けになり天井を見つめる顔には表情はない。……まぁ顔は、いつも無表情だが。
いつもと違うのは、青いシルクハットと魔術師を名乗る女の子が見当たらないことだった。
「……ボウシくん、だよな」
みぬきちゃんのカゲからいきなり飛びだしてきて、彼女のナナメ後ろでゆらゆらしているからくり人形。
その彼(?)が、今日は無造作にテーブルに置かれている。
近くにみぬきちゃんの気配はない。
そういえば、事務所にはカギがかかっていた。
「みぬきちゃんは、外出中か。ビックリさせないでくれよ。もう」
手に持っていた書類と買い物を片付け、やることがなくなったオレは、とりあえずソファに座る。座れば当然、目の前のテーブルの上を陣取ったボウシくんに向き合う形となる。
「…………」
いつもよく動くのに、今日は微動だにしないボウシくん。
まじまじと近くでみるのは、これが初めてだ。
常に気になっていたのだが、みぬきちゃんの細い身体のカゲにどうやってボウシくんは収納されているのだろう。
そっと手をのばす。
どんな仕組みなのか確かめてみたかっただけだ。誓って、壊そうとしたワケではない。壊そうとしたワケでは……
……
…………
「……みぬきが帰ってきたとき、ボウシくんが再起不能になっていたときのショックは言葉じゃ表せないくらいでした!」
「だから、本当に悪かったって!」
パシッと両手をあわせて、何度繰り返したのか分からない「ごめんなさい」のポーズで謝る。
「ビビルバーのステージで、ボウシくんを楽しみにしてくれるお客さんがいるんですよ!仕方なくみぬきのマジックパンツだけで乗り切りましたけど!!」
「ゴメン!って、もう200回は謝罪したじゃないか!!……それに昨日、ボウシくんの修理は終わったんだろ?」
「一番の友達を壊されたみぬきの心の傷は、そう簡単には治らないんです!」
「……友達は、選んだほうがいいと思うけどな」
「大きなお世話ですっ!!!」
キッとにらみつけられて、またそっぽを向かれてしまう。
あぁ。すみません、成歩堂さん。
せっかく警告していてくれたのに、バッチリみぬきちゃんを怒らせちゃいました。
オレはため息をついて、日めくりカレンダーの「2月14日」の日付を恨めしく見つめる。
「あれ、みぬきちゃんドコにー……」
カレンダーから視線を戻すと……みぬきちゃんの姿が消えている。
給湯室に向かったのかと、のぞいて見ると
「オドロキさん、退いてくれませんか」
「うわっ」
出入り口で、みぬきちゃんと衝突しそうになりのけぞる。
そのまま向かい合った形でぐいぐいと押し戻されて、オレはよろよろと所長室に後退していった。
「え。お、ちょっと……」
「みぬきは忙しいんですから、邪魔しないでください」
ある程度オレを押し進めるとみぬきちゃんは「ボスッ」と音を立ててソファに座り、なにやら茶色の物体を置いてカラフルな包装紙を広げだした。
「忙しいって、チョコのラッピング?」
「そうですけど」
不機嫌そうに答えるみぬきちゃん。
本当は質問せずとも、何をしているかなんて一目瞭然だ。なにしろ本日は、バレンタインデーなのだから。
そしてこの状態じゃ「聞いてもむなしくなるダケ」と思いつつも次の質問をしてしまう。
「そのチョコレートって、もしかして……」
「もちろん、ガリュウ検事へのチョコレートです」
「……だよな」
テーブルに置かれたシンプルな形のチョコレートを見て、もしかして!と、期待してしまったのだが……やはりオレへのプレゼントではないらしい。
「みぬきちゃんは、検事のファンなんだろ?手作りならハート型とかもできるのに」
「ハートじゃありきたりですから。ここはみぬきらしく、トランプのダイヤ型にしてみました!」
「四角を、また四角に固めなおしただけだろ……」
「もー!これで、いいんですって!」
みぬきちゃんはオレから顔をそむけると、無言のラッピング作業にもどってしまう。
……あぁ。しばらく、怒っている以外のみぬきちゃんをみてないなぁ。
とりあえず、なんとか機嫌を直してもらおうと話題を探してみる。
「あー、そういえばさ……。成歩堂さんには、もうチョコレートを渡したの?」
オレと違って、父親なんだから当然チョコレートのプレゼントはあるのだろう。しかし、近くにはそれらしい包みやチョコレートは見当たらない。
「パパには、もうお店で買ったチョコをあげました。なんでも『手作りには苦い思い出があるから、売ってるヤツがいい』って」
……なにか、バレンタインに嫌な思い出でもあるのかな、成歩堂さん。
「あ。オレは、手作りでも市販品でもどっちでもいいよ」
「……なにが言いたいんですか、オドロキさん」
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