レンタル及川-04


新婦は高校時代の友人で成人してからは会う機会は少なくなったが連絡を取り合っているひとりだった。彼女は飲食店で働いているが、お客さんの大手証券会社に勤めるエリートマンを捕まえたらしい。噂による新郎の年商はとてつもない。それに見た目も性格も良く、友人の自慢は付き合っている時から凄かった。幸せそうに笑う彼女に対し、そのまま結婚するのかなーと皮肉混じりに言ってはいたが全くもって悔しい思いはしていない。結婚するべき時が来たらするだろう、と投げやり過ぎて親からは呆れられているのだ。まともに恋愛経験をしてこなかったせいか、他者より数段恋に疎いのもある。そうしたことからこういった幸せ全開の出来事の中心に自分が立つのはまたまだ先か、一生ないことだろうな、と思った。
披露宴は立食式のもので参加者が自由に歩ける、本当にパーティーのようなものだ。私と徹さんは乾杯のシャンパンを飲んだ後、2人で自由に歩いていた。彼はお酒にも強いようでガンガンお酒を飲んでいるが、果たしてこれでボロを出さないのだろうか。私は周りに嘘をついている緊張と警戒で上手く食事が喉を通らなかった。何しろ、まだ新郎新婦に挨拶をしていない。しなければいけないのだが彼はずっと笑っているし、ああもうどうしたらいいか。
そう思っていた時、新婦の彼女と新郎が近づいてきて名前を呼ばれた。

「名前、来てくれたんだねー。」
「ああうん。そうそう。」
「しかも彼氏さんも一緒でしょ?急に2人参加でなんて言うからびっくりしちゃった。」
「ごめんね、迷惑かけて。」
「いいよー!人生で1回しかない披露宴だし、ね?」

彼女が新郎に向かって微笑むと新郎の彼は笑ってそうだねと返した。それから彼から自己紹介があり、私も名乗ると話を聞いていますと言うことだった。徹さんは少し遠くにいてこの状況に気づいていないみたいだった。

「ねぇ名前、そのー彼氏さんは?」
「あのちょっと遠くに今いて……」
「本当に?誰なの、ってあの人ね!」
「ちょ、待って……!」

彼女が強引に腕を引いて重そうなドレスを着ているとは思えない速度で徹さんに近付き、初めましてーと声をかけた。

「こちらこそ、初めまして。挨拶が遅れてすみません。名前さんとお付き合いをされていただいてます、及川徹です。」
「うわぁ、本当に名前の彼氏なんですね!」
「そ、それどう言う意味!?」
「だって恋を知らないなんて言ってた名前が彼氏出来たなんて言うから。どこからか彼氏でも借りてきたんじゃないかって思って。」

彼女の思わぬ真相をつく一言にピシリと体が凍りつく。恐らく冗談で言ったのだろうが、こちらとしては冗談ではない。心が悲鳴をあげて笑顔が引攣らないよう精一杯心掛ける私に対して徹さんは至って冷静だった。緊張など一切見せずに笑う姿はプロで、少し怖いとも思う。徹さんは私の方に近付き、肩を引き寄せた。そうして新婦の彼女に本物ですよ、と笑えば落ちないものなどいない。目をパチクリさせる彼女に追い討ちをかけて、今すぐキスでもしましょうか?と言うものだからやめてくれと叫びたくなった。友人がえぇ!と顔を赤らめたタイミングで新郎さんがこちらに向かってきた。新郎は軽く友人と話した後、男同士で挨拶を始める。

「え!そうなんですか?まさか、あの会社に勤めてらっしゃるとは……凄いです。」
「いえ、そんな凄くはないですよ。」

徹さんには事前にどの会社に勤めているのか知らせてあるのに白々しい言い方だ。それに彼は新郎がどんな会社に勤め、どれほどの収入が知った上で、そのスーツや靴を身に纏っているに違いない。私の希望に沿うよう、新郎より良い人であると見える準備をしてきているはずだ。……彼がそう言っていたのだから間違いない。

「及川さんはどちらの会社に?」
「あぁ、僕はそんな、人に言えるような所では……。」
「そう言われると余計に気になってしまいます。是非教えてください。」
「そこまで言われたなら……。恥ずかしながら、牛島の会社に勤めております。」
「牛島社長の!?」

突如、新郎の方から驚く声が上がる。徹さんは牛島の所と言ったようであの嫌いなウシワカちゃんのことだろう。しかし新郎の反応はあまりにも大きい。まるで自分が会ったことのない、敵わない相手に対面しているみたいだ。徹さんはいやぁ……とまた白々しい笑みを浮かべている。もしかしてウシワカちゃんは凄い人だったのかもしれないな、と彼の話から推測する見知らぬウシワカちゃんのことを考えた。

「業界では有名なあの牛島社長の元で働いているとは……」
「そうなの?その牛島さんって何の会社を経営してる方なの?」
「人材派遣会社、とは言っても最近流行りのレンタル彼氏を主にやってらっしゃる方だよ。もしかして及川さんもそのレンタル彼氏を?」
「ええ、それなら名前、及川さんをレンタルしたの?」

この言葉に隣にいた徹さんが反応するのが分かった。ウシワカちゃんが凄い人だと言うので彼氏を上回ったと見せるつもりが、レンタル彼氏という余計なワードを出させてしまうという結果になった。背中に嫌な汗が落ちる音がしたみたいに意識が遠のきそうになる。もしレンタルしたなんてバレたら、恥ずかしいやら情けないやらでこの場に立っていられない。目の前の新郎新婦も、隣の徹さんもまともに見ることが出来ず、そんなつもりもないのに涙が出そうになる。すると急に手を取られ、手を視線を向けると、私の手の甲にキスをする彼の姿が見えた。あとは周りの女性と友人の驚く顔が。

「まさか。確かに僕はレンタル彼氏なんてものをやってますし、時には人の彼氏も演じます。ですが彼女は唯一の俺の恋人です。こうして人前で敬愛を表せるくらい、俺は彼女を尊敬し愛していますよ。」
「えっと……はは、羨ましい2人だ。」

新郎の声もまるで耳に入らない。この人は今一体私に何を、てかキスをした。手の甲だけど。ぽかんとする私を置いてけぼりに徹さんは笑って手を引いていく。同じように何が起こったか分からない披露宴参加者達の中を通り過ぎて、エレベーターに乗り、エントランスを通過して彼の車を停めてある駐車所にやってきた所でようやく私の頭の整理がついた。彼は怪しまれそうだったところを大胆にも(手の甲に)キスをして誤魔化してみせたのだ。その突然な予告なしの行動に頭が沸騰しないわけもない。ましてや私はあんなふうに宣言した恋人じゃない、ただの契約相手……!

「待って、ちょ、及川さん、待って!」

声を張り上げたことで及川さんはようやく止まってくれた。久し振りのヒールに疲れた足は限界を迎えそうだったし、第一何だったのか説明してもらわないと気が済まない。そんな思いを込めて呼んだのに、振り返った彼は哀しそうだった。


20161213