レンタル及川-03


ひとまず及川さん(徹さんは外にいる時だけ呼ぼうと決めた)は、岩ちゃんに怒られるからーはい契約書といって書類を取り出した。岩ちゃんとは一体。とにかくレンタルに関する説明と契約内容が書かれた書類にに目を通し、サインと印鑑を押すと及川さんは満足そうに笑った。

「これで俺は名前ちゃんのものだね!」
「まぁ、仮ですけど……。」
「それでもだよ!」

人の所有物であることが楽しそうに及川さんは、俺はねーと話を続けた。彼は小さい頃からその容姿でモテモテだったらしく、高校の時には学校で知らないものはいないと言うくらい有名だったらしい。そうして大学を卒業しようとなった瞬間に自分の価値が何なのかさっぱり分からなくなってしまったそう。女の子達は自分のこの見かけに興味がある、それは自分でもよく分かっている。じゃあ俺の本当の魅力ってなんだ?この顔?スタイル?性格?
そんな時にとある人から誘われてレンタル彼氏業を始めたらしい。その人のことはとりあえず嫌いだったが、言っていることとやりたいことが及川さんの"自分の魅力とは一体何か"の望む答えが見つかりそうだったので誘いに乗ったらしい。

「ウシワカちゃんのことは今でも本気で嫌いだけど、アイツの下で働くのは楽なんだよねー。ま、俺らしい仕事だからね。こうして名前ちゃんにも会えたし!」
「取って付けたように言わなくて良いですよ。」

嫌いだ何だという割にその人のことをちゃんと信用しているのだなあと思った。ひとしきり自分のことを話きった彼は、じゃあ連絡ちょうだいね!と帰っていった。嵐が去っていったような感覚に襲われてはあ、と溜息をつく。彼と話しているといろんな意味で疲れるが楽しくないわけじゃない。途切れることのない話題に時折混ざる口の悪さ。今まで出会って来たどの男性より格好良い人だが、読めない人だ。心の中にガンガン入ってくるにしては自分を見せなさすぎる。どう付き合っていけば、墓穴を掘らずに済むのか、心の奥底まで侵略されずに済むのか、会話するたびに気を使わなければいけないと思うと頭が痛かった。

2週間後、私と及川……徹さんは高級ホテルのエントランスにいた。ヤラシイ意味でここにいるのではなく、友人の披露宴に呼ばれていたからである。そもそも、「友人の結婚式で悔しい思いをしたくない」という電話口での嘘が、及、徹さんを借りる理由だった。1人でも全然構わなかったのに、好奇心で電話し、まともな理由も考えていなかった私が悪い。徹さんはきっちり私の嘘を信じていて、今日の格好はとてつもなかった。
ストライプのシャツと上等そうなダークグレーのスーツ。深緑のネクタイは高価そうなピンで留められている。革靴もピカピカで、(人より良い)顔やスタイルや髪型は2週間前会った時と変わらないのにテレビに出ていてもおかしくないくらい格好良かった。正直、通り過ぎる人達の目を奪い過ぎて隣の私は居心地が悪い。

「名前ちゃんにどんなドレス着るか聞いてて良かった。同じ色があると恋人らしさは上がるからね。それに可愛いよ。」
「そうですね、ありがとうございます。かっこいいです。」
「何でそんなに棒読みなの!?」

私はホワイトグリーンのワンピースドレスだ。七分丈の袖はすべてレースであしらわれており、それは胸元も同じ。Aラインのドレスはウエストに切り替えがあり、広がりが少なく上品な印象を与えるものになっている。7センチもある白のヒールは久し振りに履いたため、転けないことだけに集中しないといけない。白いクランチバックの中に必要最低限のものだけ入れて来た私の見た目、それに私のドレスに彼はネクタイを合わせたらしい。色合いせいか、確かに彼とは恋人に見える要素が多い。ただ前日に明日のドレス着て写メ撮って送ってと連絡が来た時には流石に呆れてしまった。今日は伸ばしている髪を巻いてサイドにまとめているからか、徹さんは雰囲気がやっぱり違うね、と言った。やっぱりとは何だろう……。

「んーそろそろ、会場に入る?」
「そうしますか。」

披露宴開始の時間までは30分程度猶予があるが、早めに行っておいた方が落ち着いていられるだろう。加えて彼とは話を合わせなければならないから人が少ないうちにそれに慣れておかなければならない。思い返せば、電話口で「応用・活用が効く」なんて言われたが、本当にそうなら徹さんはこういう時に力を発揮するのだろう。そんな様子がちっとも見られないので不安でしかないのだが。今は披露宴に騒ぐ小学生のような雰囲気だ、どうなることやら……。
徹さんと一緒にエレベーターで最上階のレストランに向かう。幸いエレベーターには私達2人以外誰も乗らず、落ち着いた空気が広がる。

「あの、私と、徹さんの関係をもう一度確認してもいいですか?」
「いいよー。俺はとある人材派遣会社の社員でエリート大学卒業のエリートね。そんで、名前ちゃんとは街中でばったり会って付き合うことになった!オーケー?」
「ざっくりふわふわしてますけど……まあ間違いはないですね。」
「俺と名前ちゃんは今結婚を前提にお付き合いアンド同棲していて幸せの絶頂!っていうのも忘れないでね?」
「……それ入ります?」
「いるいる!人って案外男女の付き合いが結婚より幸せそうだと僻むものだから。」

それは一体どういった経験から来ているものなのか、怖くて聞けなかった。彼の身分も決して嘘ではないし、街中でばったり会っだというのも私がばったり"彼が働いている会社のチラシ"を拾ったことで始まったのだからあながち間違いではない。たったひとつ、付き合っていることだけが違う。ひとつの嘘がいくつもの真実の中に混ざっていると人は嘘に気付きにくいという。設定を考えたのは彼だから見かけとは真逆に思考が働くことを思い知らされた。
機械音がなってエレベーターが止まった。最上階についたようで扉が開くと数人の声が聞こえてくる。いよいよだ、と思い、ほうと溜息を吐いた。すると、彼がいきなり手を握ってくる。

「ちょっ、え?」
「恋人なんだから別にいいでしょ?……名前。」
「……ふざけないで、徹さん。」

普通の彼の笑顔のはずなのに真っ黒な背景が見えた気がして仕返しか曖昧な返事をしてやった。彼はそれが意外だったみたいで、今度は小さく優しく笑った。


20161202