レンタル及川-02


忙しく何かが鳴っている。目を開けて眉間に皺を寄せると何かはインターホンの音だった、私は寝てしまっていたことに初めて気付いた。ピンポンピンポンピンポンピンポン……。エンドレスで鳴り響く音に寝起きの顔も格好も確認せずに鍵を開け、はい!と不機嫌な声を明らかにドアを勢いよく開けた。同時に鈍い音と人の声がした。

「いった!あ、やっと出たー。俺もう5分ぐらい鳴らしてたのにさぁー……、君がレンタル彼氏頼んだ子だよね?」
「人違いです。」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って!話聞いて!いたた、足痛い。いっ、家入れなくてもいいから話聞いて!」

うざったらしいくらいの明るい笑顔のこのイケメンがインターホンを連打していたらしく、かつそれを詫びる様子もない。しかもこれが私が借りることになったレンタル彼氏のようでこんな面倒御免だと典型的な断り方でドアを閉めようとしたが(あって3秒でげんなりするのだ、誰もが残念だと思う)残念なイケメン男性はしぶとくドアに無駄に長そうな足を掛けてきた。痛がりながら、待ってって、話、話聞いて、じゃないと俺岩ちゃんに怒られるから、岩ちゃんオコだから、死ぬからー、と意味不明なことを大声で言い出した。流石の私も近所迷惑になるうえ、評判を悪くしかねないので、何もされないための保険に彼の携帯と財布と鍵を預かって家の中に入れた。服装はもう何だか気にしなくていい気がしたのでメイクも直さなかった。彼はばっちり出掛ける用のお洒落な服装のようだったが。

「……で、貴方誰ですか。」
「レンタルboys&girlsから来ました。レンタル彼氏の及川徹です!今から名前ちゃんの彼氏になります!」
「何で名前……なるほど。」

電話で名前と住所を話したことを思い出し、説明したそうなワクワク顔を無視した。すると餌を取られた子犬のようなショックぶりが目に見えて分かり、思わず吹き出してしまった。

「えぇー何で今笑ったのー!?可愛いけどさー!」
「いや、顔に出過ぎじゃないですか……。アホっぽい。」
「及川さんはアホじゃないんだからね!レンタル彼氏として働くくらいのちゃんとした策士なんだから!」
「ちゃ、ちゃんとした策士っ……。」

そもそも策士にちゃんとしたもしないも無いと思うが、そういうことを言ってしまう時点で頭が緩い弱いことはよく分かる。電話対応してくれた男の人が言っていた“応用の効く”とは一体どこを指すのか、活用するというか活用出来るかも分からないレンタル彼氏・及川徹だ。

「それで名前ちゃんは結婚式で友達を見返したくて彼氏がいるんだよね?イケメンの。」
「あー……はい。まあ。」

嘘をついたらこういう風にストーリーが出来上がっていたようでもう一度説明してと言われないだけマシだった。丁度来週に友人の結婚式が控えている。高校時代の友人でまだ結婚の予定がない組だったはずなのにいつの間にか恋人が出来て婚約し結婚する。悔しいや焦りの感情はなく、ただ本当におめでとうと祝福しかない。見返したい訳ではないが永遠の独身だとその友人には言われていたので(残念な)イケメンの恋人を連れて行くと多少はサプライズになるかもしれない。完全に見返す為だと目の前で意気込んでいる彼には大変申し訳ないが、そんなつもり全くないからな、恨んでも妬んでもいないからな、祝福しかないからな!

「じゃーさ、初めに俺のことは徹って呼んでね。」
「及川さんじゃ駄目ですか。」
「恋人っぽくないでしょー?それじゃ付き合い始めてもいない仕事仲間みたい。」
「そうですかね……。」
「そうそう!ほら、徹って呼んで。無理なら徹くんでも徹さんでもいいから。」

幅40センチメートルのローテーブルを挟んでする会話のはずが彼は前のめりになって話してくる為、距離が近い。慣れていない(残念な)イケメンオーラと笑顔にやられて思考が溶けていたか、私の頭は迷わず「徹さん」を選択し呼ぶことを決めていた。普段の私なら男性の下の名前で呼ぶことなんてこの出会った時間数じゃ憚られるはずだ。それを超えてくる彼には既についていけない気がしていた。

「……徹さん。」
「硬いけど良し。……恋人への一歩だね、名前。」

テーブルに手を置いて身を乗り出し、わざわざ私の耳元でそう言った“徹さん”にびくりと身体が跳ねた。座ったまま上半身だけを後ろに下げて、赤くなったであろう顔を彼に向けると酷く楽しそうに彼は笑っていた。初心だねー名前ちゃんは。ケラケラ笑う彼のどこが頭が緩い弱いなのだ。自分の魅力の全てを全力で活用し人を落とす天才策士じゃないか。

「はい、とりあえず名刺。名前ちゃんが預かってるその携帯の電話番号とか書いてあるから登録しておいてね。」
「わ、かりました……。」
「これからよろしく。」

慣れた手つきで名刺を置いた彼の笑みはまだ崩れていない。返した私の笑みは恋人に向けるにしてはぎこちなさ過ぎるものだっただろう。掴めそうで掴めない、策士の(残念な)イケメンレンタル彼氏に翻弄される気配が身体中に纏わり付いて離れそうになかった。


20161202 Shortより