呼吸するイヴ 


◇◇◇


「菅原ー。」

見慣れた後ろ姿を見かけたので、街中ということも忘れて思い切り声をあげると、相手はこちらを振り返って恥ずかしそうにニカッと笑っておう、と大声で返してくれた。そばに寄って改めて挨拶をする。冬と深くなる夜の寒さで赤くなった鼻が色素の薄い顔に映えていて、トナカイみたいだと言えば、そりゃねーべと彼が言う。聴きやすい透る声が久し振りに耳に入るとぞわりとどこかが高鳴ったのが分かる。この声を以前は毎日聞いていたのだから過去の私は凄いと思う。今の私はこの数秒間聞いた声で、色々なことを思い出してしまうのだから。

「まさか街中で会うとはね。今日連絡しようと思ってたからさ。」
「私も、連絡なしに会えるなんて。」
「最近誰かと会った?大地から近況報告来てびっくり。」
「あー……及川と岩泉になら。どーせ、及川が澤村に言ったんだと思う。」

高校のバレー繋がりで出来た縁が未だ続いている、というか昔よりも強く繋がっているというのはなかなか不思議なものだ。宿敵と楽しく飲み明かすなんて想像すら出来なかった。まあ、昔の試合の話になるとバチバチするけども。そんな訳で菅原は私の話を女子のように口が爽やかな及川→大地ルートで聞いたのだろう。及川、と名前を出すと少し菅原の顔が硬くなった気がした。
私はこれから家に帰るだけだったし、菅原も用事が何もないということで食事を一緒にすることになった。家で1人食べるより何倍も良いので出費とかは気にしない。気持ちの問題が全てだ。

「で、どこで2人と会ったの?」
「人数合わせで行った合コン。」
「合コン!?」
「大丈夫だよ、全く飲まなかったし、1番出入口に近いところにいたから。それになんと男子側の仕切りは及川。」
「ハァ?何それ。」

友人に急遽人数合わせで頼まれて合コンに行ったのは1週間前のことだ。メイクも洋服も大学帰りの気合いのない格好で行ったのは興味なしの合図である。会費は無しなので注文係をして食べるだけ食べて飲まずに帰ろうとそれだけのために行った。すると在ろう事か、合コン会場には及川と岩泉がいたのだ。及川仕切りだったので岩泉も人数合わせだろう。初めは互いにびっくりと反応したが私が本来の合コン目的でないことが二人にも当然わかって、及川からわざわざ「あっ、名前ちゃんに手出すとおっかない爽やかくんが来るからマジでやめておいた方がいいよ」と忠告があった。及川の知り合いらしい男子は笑って冗談だと言っていたが、岩泉が真顔でやめとけと呟いたお陰で私はメアドも聞かれなかった。岩泉は大学生になっても狼達のトップ、流石だ。

「へぇーー、セクハラとかなかった?」
「ないない、それに早めに抜けたし。」

右手を振りながら言えば、その手を掴まれて勢いよく、がぶりと指先を噛まれる。

「った!菅原、何してんの!?」
「あま。ん、マーキング?」
「犬みたいなことしないでよ……。」

唾液もつかないほどすぐに口から出された指先を菅原はなぞるようにしてから握った。手のひらから伝わる暖かさがじんわりと心も温める。この人の恋人になれてとても幸せだと思う瞬間はこういうところにあるのだ。高校時代から付き合いはあるが付き合ったのはごく最近で、互いに想いを寄せていたのは随分前からだった。菅原、と名字で呼ぶのは外だけでふたりきりの時だけはこうしと囁くのだ。それは高校生の私には考えられない行為をしている時がほとんどで嫌でも恥ずかしい思い出が蘇るから余計に外で呼ばないのだけど。そうさせているのは彼だから私は独占欲に包み込まれている。
菅原が当然指を差し、見てと言った。指先にはイルミネーションで飾られたツリーの先だけが遠くに見えた。もうすぐクリスマスが来る。恋人として初めての聖なる夜だ。菅原にはバイトで貯めたお金で時計でもあげようと思っている。再来年には社会人になるわけだし、必要になるだろう。そこまでこの関係性が続くこと前提の自分の考えには幸せに浸っているとしか言いようがない。菅原もそうだといい。

「どうせなら、ツリーまで行く?」
「うん。菅原がそうしたいなら。」
「名前だってそうしたいんでしょ。」

いきなり名前を呼ばれてどきっと心臓が跳ねた。なっ、と言葉にならない言葉をはきつつ、菅原を見ると悪戯の成功した子供みたいな顔で笑っていた。仕方がないから私も仕返しで、こーし、と名前を呼んで唇を合わせたら驚いた菅原が見えたのはもちろんのことで、倍返しと言わんばかりのキスが降ってきた。菅原からのクリスマスプレゼントは物として何もいらないから彼の時間が欲しい。


キスで呼吸したイヴの街


△▽△

20161111
スガさん(成人)は絶対エロい. 短い



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