promise of 


◇◇◇


命が無くなろうとしている時に思い出せたのは、これくらいのことだ。走馬灯がしっかり回って彼女のことばかり考えていた人生だったなと笑う。ああ、なんて儚い。この世界は僕らにはかなしすぎる。結ばれるはずのない星が手を伸ばした結果がこれなんて、あんまりだ。アスランの声が遠くに聞こえる。庇ったんじゃない、自分のやるべき役目を果たしただけ……。彼にはナマエと合わせてくれた恩があるし、何より尊敬している。彼はこの戦争を止めるきっかけになるに違いない。そんなことを僕らは語っていた。だから僕が代わりに命をここで落とす訳でもない。僕は彼女と約束した。帰って迎えに行くと。それは果たすべき約束で、僕が例えここで死んでも死ななくても僕はどんな形でも守らなきゃいけない。幽霊になって出会うなんて情けないことはしたくないのにな。足の一本、腕の一本失くしても、彼女に笑いかけてあげたい。僕らは永遠を誓ったのだから。
白く染まる視界で、呟いた本当の最後は彼女への愛だった。


次に見えた視界は木造の天井だった。後は賑やかな声。

「……生きてる?」
「ええ、生きていますわ。」
「…………ラクス様!?」

起き上がって感じた気配は近くで椅子に座る国の歌姫だった。驚きで動けない、というか傷で動けない僕をくすくす笑った彼女は話をしましょうと言った。その雰囲気はどこかナマエを想像させて、約束をしっかり思い出した。

「貴方もキラ同様深い傷を負っていました。しかしその分だともう大丈夫でしょう。」
「あの、キラとは……」
「ストライクのパイロットです。彼は貴方が死んだと思われた後で友人を失い、アスランの自爆によって傷付きました。恐らくはアスランも無事でしょう。ああ、キラはアスランの友人ですし、わたくしの味方ですわ。彼は既に自分の目的のためにここを去っています。」
「そうですか……。」

初めて直接対面した彼女に萎縮すると同時にどこか親しみやすかった。ナマエと会っていたせいか、こういう堂々とした優しい雰囲気の女性には免疫がついているようだった。

「……ナマエとは会いますか?」
「えっ……?」
「アスランに貴方とナマエを会わせるよう勧めたのはわたくしですわ。」
「そうだったんですか?まさか。」
「わたくしは貴方のような方がナマエの救いになることをずっと望んでいました。あの子は幼くして激動の時代に突き落とされました。そのせいで大人び過ぎてしまい、甘えを知りませんでしたの。自分より強く優しい方であれば年頃の女の子らしくなれると思っていました。わたくしの見立てに間違いはありませんでしたわね。」

まさかあの出会いがラクス嬢に仕組まれていたとは思わなかった。それなら初対面の時に2人取り残されてアスランが去ったのも彼女の策略だろう。

「手負いの貴方に言うのは酷ですが、今、名前は危機にありますの。わたくしはもうザフトの裏切り者として指名手配を受けています。」
「えっ!?」
「キラを送り出した時のことは完全なる裏切り行為でしょう。申し訳のないことですが、わたくしが庇い続けていたナマエは今は殺されるしかない運命になったのです。あの子には地下は狭過ぎます。それに良い機会でしょう?人生のパートナーは生きていたのですから。」
「……もしかしてあの地下に潜り込み、ナマエを拐えと仰るのですか?」
「まあ、ナマエと呼び捨てになさっているのですね!もしかしてもうそのようなご関係に?」
「ラクス様!」

彼女の戯けた表情に緊張感の無さが伺える。しかし、一瞬にして厳しい目つきになるそれは国の歌姫として人々の支えになってきた堂々たる姿を彷彿とさせた。彼女は1枚の紙を差し出すと、立ち上がり笑う。

「もし……貴方が何よりあの子を大事になさるのならわたくしはナマエの姉として貴方に運命を託しますわ。それは国も家族も裏切ることになるかもしれませんが。」
「…………一度は死んだ命です。愛する人のためなら惜しくはありません。」

まあ、と頬を染めた彼女は着替えはあちらに基地までは車でと手筈を整えていく。傷が癒えていないなど泣き言が言えない状況と体を張ることになる状況に不自然にも笑えてしまう。戦争がなければ僕はピアノで生活していただろうし、歌姫とはコンサートホールで会っていただろう。こんな命懸けの切羽詰まった環境で会うような間柄ではないはずなのに。つくづく運命とは皮肉なもので僕があの時死ななかったのはもしかしたら彼女のおかげかもしれないと思う。あの出会いがあったから生に対する執着が強まって、今また瞼を開いていられる。僕の運命を変えた彼女の存在は僕を救い、あまりに大きかった。今度は僕が彼女の運命を変える番なのだろう。そう思えば痛みなど消えてゆくようだった。車に乗って大方の準備が出来るとラクス嬢は窓の向こうから、お願いします、と頭を下げた。これほど人生でどきりとする瞬間はもうないかもしれない。国の代表的な存在にお願いされると居心地が良い悪いもない。彼女の切実な思いに、はい、と返事をすれば彼女はそばにいた人に連れられて姿を消した。
車はすぐに彼女のいる基地について、ラクス嬢から貰った地図を頼りに行けば誰にも会わずナマエのいる地下まで辿り着いた。このドアを開ければ彼女がいるのだと痛む体を動かして、重い扉を開けた。開けた先には久し振りの草原が広がり、ピアノの音色が響いていた。彼女は僕の訃報を聞いたのだろうか。この曲はいつか聞かせた「静かな夜に」のアレンジバージョンだった。気配を消してユックリ進んでいくとわんわんと、ニコルが鳴く声がする。遅れてナマエの声もした。

「ニコル?一体何をそんなに鳴いて、」

彼女がニコルが走った先を見つめる。
僕はニコルが来た先を見つめる。
互いの瞳がすれ違うことなく交錯して、どこからともなく涙が流れた。そうして一瞬の間で全てを理解した僕達は走り出して相手を抱き締めた。
あの日以来の温かな彼女の感触は傷に響くことなく溶けていくようだった。震えて聞こえる彼女の嗚咽も優しい子守唄のようだった。

「本物?本物の、ニコル?死んだはずじゃ、なかったの……。」
「ナマエのおかげで死ななかった、僕は本物です。」
「……もう、会えないと……覚悟していたのに……」

言葉を紡げない彼女を落ち着かせるように強く抱き締めた。やはり彼女は僕が死んだと聞いていたらしい。ナマエに覚悟させてしまうほど、僕は死の気配を纏っていたのだろう。それは仕方のないことだったけれど自分の腹が立って仕方がなかった。訪れた心の喜びにふと、忘れかけてしまいそうな大切なことを思い出した。腕を解くと彼女は少し名残惜しそうにして不思議そうに見つめていた。

「実はここへはラクス嬢の案内で来ました。」
「ラクスの?」
「彼女がナマエを庇っていたみたいですが、今ラクス・クラインは指名手配されています。」
「まさか……やる時にはやる人だと知っていたけど。」
「それでナマエは殺されるしかない運命にあると。だから僕が助けてここから逃せと言われて来ました。国から逃げるので荷物は多く持っていけませんが、支度出来ますか?」
「はい。ニコルと犬のニコルと、あとは指輪があるなら構いませんから。」

彼女の指には自分が送った指輪がはめられていて胸が蕩ける熱が襲った。ああ、まるで本当に夢みたいだ。彼女とは今から逃避行をするというのに甘い気分だった。ニコルも嬉しそうに尾を振っている。

「ただ、ピアノはどうしても持っていけないのが残念です。あれも大切な思い出なのに。」
「ピアノはまた、持って来ます。今度はナマエとニコルと穏やかに暮らせる場所に置きましょう。」

彼女の手を握ると握り返す感触があって、幸せだと思う。彼女がこっそり入れたであろう懐中時計の存在にはここを出てから気付いていたものの、怖くて開けられない、というのが本当のところだった。開けてしまったら僕は何もかも捨てて彼女のもとに走ってしまうだろうと思っていたからだ。どんな思いでこれを託したのかも考えなかったことだ。それは狡いことだと分かっていたが生きるために必要だと後の楽しみにしておこうとしていた。死にかけて初めて、後に残すものはないもない方が絶対にいいのだと思った。ナマエを閉鎖された空間に残すことも永遠を叶えられないことも、全て僕の後悔になることだった。それはもう後悔ではなく希望だから、今なら時計を開けて時間を確認することができると思う。
時計を送る時、人は同じ時間生きようという思いを込めるらしい。僕がナマエにあげたのは永遠の約束で、ナマエが僕にくれたのは永遠の時間だ。確かに繋がったそれらが荒波しか思えないこの大海原を照らす星のように思える。絶望の下でした約束が希望の上に輝いている、今のこの瞬間が何よりもかけがえのない幸せだと、僕は確信している。死の気配はもうどこにもない。消したのは彼女で、思わず口からありがとう、と言葉が漏れた。それに彼女は酷く驚いたようで目を見開いた後涙を浮かべて、私もありがとう、と言った。
ここを抜けてしまえば僕らの間には永遠が待っているだろう。外へと繋がる扉の前で立ち止まると彼女は長く過ごして来た家と空間を見つめた。さよなら、と小さく言うとそれは過去の自分へのさよならで彼女は新しく生まれ変わったに違いない。新たな僕達に待ち受ける運命は2人なら何でも何度でも超えられる、そう高鳴る予感で思えた。


ふたり歩く希望の空に
願いをこめた僕らの永遠



△▽△

20161204
長くなりました…汗 これにて救済!
BGM.Beautiful World/宇多田ヒカル



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