レンタルOIKAWA 


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この世は何でもレンタル出来る。CD、DVD、コミックスは当たり前のこと、車、自転車、着物、ドレス、傘……などなど。現代社会において何かを借りて使うというというのはごく自然に当たり前に行われていてそれらに気付き注目して見る人なんていない。そうしてまた新たに生まれたレンタルが“人”であることに社会は驚くしかなかったのだ。これまで自分達の身近にありながら全く関心のなかったことにふとした瞬間、とある偶然をきっかけとして気付いてしまったのだ。人は生活の繋がりで関わるものという概念が知り合いですら赤の他人を自分の彼女や彼氏といった関係者にしてしまうという簡単なものになってしまったために、その意味と必要性を道徳的立場なんて小学生でしか学ばないようなことで糾弾か好奇心で知ることとなった。
当たり前でなくとも常識的な、普通に生活している人であれば知っている事の中にきっちりレンタル彼氏・彼女は入ってしまった。変わりゆく社会の中でこのサービスはとても上手い具合に合ってあるものだと思うのだ。

紙を持って電話を持って30分。ひたすら並ぶ文字と数字を睨んで悩んで出した結果はよし、かけよう!というものだった。たまたま街で拾った紙には「彼氏・彼女貸し出します」とのことだった。巷で流行りのレンタル彼氏のことだとは一目で分かったがまさか借りようと思っている自分がいるとは、紙を拾った当時の私は想像も出来ないだろう。
それもそのはず、私には彼氏がいないが全く恋愛に興味がない。仕事一筋のつまらない女であることは重々承知している。だけど私はそれでも構わなかった。そもそも自分より劣った能力しか発揮しない男には興味がないし必要だとも思わない。周りの何人かは既に結婚か婚約していて世の幸せを存分に味わっている。その幸せが私の幸せのイコールにならないのだから私は哀しい人と呼ばれるのかもしれない。恋や愛が必要な人間もいれば必要のない人間だっている。そういうことだと思っていたが、それもまた、たまたま見たドラマが恋愛もので1本の電話から始まるというのだったからそういえばレンタル彼氏の電話番号が、と忘れかけの情報を思い出してしまった。そうしていざかけてみようとすると変に緊張が走ってしまって、借りると決まったわけでもないのに30分も睨めっこしていた。
その静寂(?)を破って私は今、電話をかけるのだ……。スマホに30分の間に何度も入れた番号を打ち込み、発信を押す。丁度スリーコールの後に、もしもしこちらレンタルboys&girlsです、と男の人の声がした。

「あの、レンタル彼氏の文字を見てお電話させていただきました……。」
「ありがとうございます。レンタルの彼氏をご所望ですか?」
「えっ、あ、はぁ、えーと、はい。」
「では準備させていただきます。どのような場面で彼氏をご使用されますか。」

まるで機械のように淡々とされる質問に勢いでyesと言った私は嘘をつきながら答えていく。友人の結婚式で彼氏が必要で、仕事が出来そうな方、20代後半、背は高めで……と好みのタイプを聞かれているようだった。機械みたいな電話の相手は最後に言った。

「お客様には応用の効く社員をお送り致します。是非ご活用くださいませ。」
「活用?」

なんじゃそりゃと電話口で言うわけにもいかず、切れた電話を見つめた。一体これはどういうことになったのだろう。ちゃんと借りられたのか不安だ。というか借りて私は何をしようと思っていたのか、電話で嘘を吐いていたから全然覚えていない。溜息をついてソファに寝転がると悩みに悩んだ疲れもあってか睡魔が襲って来てそのまま意識は遠のいていった。
忙しく何かが鳴っている。目を開けて眉間に皺を寄せると何かはインターホンの音だった、私は寝てしまっていたことに初めて気付いた。ピンポンピンポンピンポンピンポン……。エンドレスで鳴り響く音に寝起きの顔も格好も確認せずに鍵を開け、はい!と不機嫌な声を明らかにドアを勢いよく開けた。同時に鈍い音と人の声がした。

「いった!あ、やっと出たー。俺もう5分ぐらい鳴らしてたのにさぁー……、君がレンタル彼氏頼んだ子だよね?」
「人違いです。」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って!話聞いて!いたた、足痛い。いっ、家入れなくてもいいから話聞いて!」

うざったらしいくらいの明るい笑顔のこのイケメンがインターホンを連打していたらしく、かつそれを詫びる様子もない。しかもこれが私が借りることになったレンタル彼氏のようでこんな面倒御免だと典型的な断り方でドアを閉めようとしたが(あって3秒でげんなりするのだ、誰もが残念だと思う)残念なイケメン男性はしぶとくドアに無駄に長そうな足を掛けてきた。痛がりながら、待ってって、話、話聞いて、じゃないと俺岩ちゃんに怒られるから、岩ちゃんオコだから、死ぬからー、と意味不明なことを大声で言い出した。流石の私も近所迷惑になるうえ、評判を悪くしかねないので、何もされないための保険に彼の携帯と財布と鍵を預かって家の中に入れた。服装はもう何だか気にしなくていい気がしたのでメイクも直さなかった。彼はばっちり出掛ける用のお洒落な服装のようだったが。

「……で、貴方誰ですか。」
「レンタルboys&girlsから来ました。レンタル彼氏の及川徹です!今から名前ちゃんの彼氏になります!」
「何で名前……なるほど。」

電話で名前と住所を話したことを思い出し、説明したそうなワクワク顔を無視した。すると餌を取られた子犬のようなショックぶりが目に見えて分かり、思わず吹き出してしまった。

「えぇー何で今笑ったのー!?可愛いけどさー!」
「いや、顔に出過ぎじゃないですか……。アホっぽい。」
「及川さんはアホじゃないんだからね!レンタル彼氏として働くくらいのちゃんとした策士なんだから!」
「ちゃ、ちゃんとした策士っ……。」

そもそも策士にちゃんとしたもしないも無いと思うが、そういうことを言ってしまう時点で頭が緩い弱いことはよく分かる。電話対応してくれた男の人が言っていた“応用の効く”とは一体どこを指すのか、活用するというか活用出来るかも分からないレンタル彼氏・及川徹だ。

「それで名前ちゃんは結婚式で友達を見返したくて彼氏がいるんだよね?イケメンの。」
「あー……はい。まあ。」

嘘をついたらこういう風にストーリーが出来上がっていたようでもう一度説明してと言われないだけマシだった。丁度来週に友人の結婚式が控えている。高校時代の友人でまだ結婚の予定がない組だったはずなのにいつの間にか恋人が出来て婚約し結婚する。悔しいや焦りの感情はなく、ただ本当におめでとうと祝福しかない。見返したい訳ではないが永遠の独身だとその友人には言われていたので(残念な)イケメンの恋人を連れて行くと多少はサプライズになるかもしれない。完全に見返す為だと目の前で意気込んでいる彼には大変申し訳ないが、そんなつもり全くないからな、恨んでも妬んでもいないからな、祝福しかないからな!

「じゃーさ、初めに俺のことは徹って呼んでね。」
「及川さんじゃ駄目ですか。」
「恋人っぽくないでしょー?それじゃ付き合い始めてもいない仕事仲間みたい。」
「そうですかね……。」
「そうそう!ほら、徹って呼んで。無理なら徹くんでも徹さんでもいいから。」

幅40センチメートルのローテーブルを挟んでする会話のはずが彼は前のめりになって話してくる為、距離が近い。慣れていない(残念な)イケメンオーラと笑顔にやられて思考が溶けていたか、私の頭は迷わず「徹さん」を選択し呼ぶことを決めていた。普段の私なら男性の下の名前で呼ぶことなんてこの出会った時間数じゃ憚られるはずだ。それを超えてくる彼には既についていけない気がしていた。

「……徹さん。」
「硬いけど良し。……恋人への一歩だね、名前。」

テーブルに手を置いて身を乗り出し、わざわざ私の耳元でそう言った“徹さん”にびくりと身体が跳ねた。座ったまま上半身だけを後ろに下げて、赤くなったであろう顔を彼に向けると酷く楽しそうに彼は笑っていた。初心だねー名前 ちゃんは。ケラケラ笑う彼のどこが頭が緩い弱いなのだ。自分の魅力の全てを全力で活用し人を落とす天才策士じゃないか。

「はい、とりあえず名刺。名前ちゃんが預かってるその携帯の電話番号とか書いてあるから登録しておいてね。」
「わ、かりました……。」
「これからよろしく。」

慣れた手つきで名刺を置いた彼の笑みはまだ崩れていない。返した私の笑みは恋人に向けるにしてはぎこちなさ過ぎるものだっただろう。掴めそうで掴めない、策士の(残念な)イケメンレンタル彼氏に翻弄される気配が身体中に纏わり付いて離れそうになかった。


レンタル彼氏OIKAWA参上!!


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20161118
捻くれ者と策士及川さんの話で多分続かない!



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