愛 


◇◇◇


目を開けると真っ暗で身動きすら取れない状況だと冷静に考えられたので、自分の中で今何が起きているかを理解することが出来た。椅子に座らされて手は背凭れの後ろで縛られ、足は縄で揃えられている。遠くで聞こえる話し声は女と男のもので荒らそう様子もなく楽しそうだった。この拘束から逃れようと必死で身体を動かせば手首を縛る縄が擦れて熱を持つ。じわじわ皮膚が燃えるような痛みが襲ってきてぐっと奥歯を噛んだ。すると会話が終わってコツ、と踵を鳴らす音が近づいてくる。女の方だろう、ヒール音が煩い。目隠しされたままで一体それが誰か分からなかったが目の前に立つ気配が、ざまぁないわね、と言ったことでそれは明確な答えを持った。

「……なんでこんなこと、」

それは彼に引っ付いていた彼女だった。ははっと乾いた笑い声は徐々に狂気的な、深く暗いものになっていく。人を嘲笑うとはこういうことだろうか。

「なんで?お前本当に邪魔なんだよね。私があの人落とそうとしてんのにお前のせいで少しも上手くいかない。少し料理が上手いからって調子乗んなよ。」
「別に、邪魔なんてしてない……。」
「そう、それよ。その私は知りません関わってませんって、お前馬鹿にしてんの?お前の存在自体が関わり持ってるのいい加減気付けよ。邪魔。」

予想だにしない暴言の数々にそう思われていたのか、と初めて知る。沖田隊長が嫌だ嫌だと嫌う理由が今はよく分かる。隊長は人を斜めに見てよく嫌うがあれだけ言うのは、こういった裏の秘めた顔があってそれが悪だと言うことを分かっていたんだろう。真っ先に敵陣に切り込む彼だからこそ感じ取ることが出来た気配、それを私が見抜けるわけもない。多少アピールが過激でも優しい人だと思っていた。それは偽りで本当は他者をどんな方法でも使って蹴落とし、それを密かにやる悪どい人だった。何かを全力で手に入れようとする姿を否定はしないけどそれなら正々堂々とやればいい。なのに裏から手を回して分からないようにやるなんてことは、

「卑怯だ……。」
「何と言われようと別に構わないわよ。それにこれは私がしたことにはならない。どうせそんなこと誰も知らないんだし、貴女はどこかの人売りが連れ去っただけになるのだから。」
「人売り?」
「そ。そこの男はね人身売買で稼いでる私のパートナー。貴女の存在は高値で売られ安値で買われるの。」
「……あなたなんて絶対彼にはフラれる!」

思い切りそう言うと派手な音と痛みが襲っていく。頬を叩かれたみたいで口の中を少し噛んだ。じんわりと血の味がして顔を顰める。彼女は激昂して叩いたからか少し息が荒れていて、見えなくても顔が歪んでいることは容易に想像出来た。私は正しいことを言っただけだ。確かに彼女は美しく何でも出来て素敵なのかもしれない。ただの男なら簡単に落ちてしまうのかもしれない。でも彼は違う。彼を本当の意味で落とせるのは彼女じゃない。彼女のような自分の中で善悪をはっきりつけていないような、意思のない人を彼が好きになんてなるはずない。それは彼とは楽しく話すなんて無理でも代わりによく見て来たから知っていることだった。荒くれ共が住まうかぶき町という町で頼りにされているのは彼がちゃんとした自分を持っているからで、心に決めた覚悟があるからだ。覚悟のない人に、彼の隣が務まるとは思えない。

「……私は、彼と面と向かって話すなんて出来ない。だけど、だけど隣でなら話せるから、貴女に隣は渡さない……。」

自由もきかないまま、視界も遮られて彼女にとっては何の恐怖にもならないかもしれない。私の言った言葉が彼女の中でしっかり理解されているとも思えないが、もうひとつだけ言えるとするならそれはただの欲張りな自分の気持ちだけだった。

「私は、あの人のこと好きだから、あなたには奪われたくないっ……。」
「ふざけんなっ、」
「ふざけてんのは、テメーだろ。」

低い響く男の人の声がした。それは何度も聞いた声で、嗚呼来てくれたんだなと安心して場違いにも笑ってしまった。

「なっ、どうして……。」
「俺も一応調べたりすんのよ。怪しいなって思った奴のことはちゃんとな。お前の交渉相手?だっけ、そこで伸びてるから起こした方がいいと思うけど。まぁ、もうすぐ警察来るし捕まるな。」
「わ、私は!銀さんにこの人が相応しいとは思えない!料理以外何も出来ない女なんて役立たずじゃない!」
「俺に相応しいか相応しくないか決めんのは、俺だ。お前じゃねーよ。」

ぴりっとした殺気が声で察する遠い距離からでも伝わって来て、彼女は小さく悲鳴をあげた。そうして足を引きずるようにざりざりと何処かへ行ってしまった。これでどうやら終わったみたいだ。私と彼だけになった所で彼の足音が近づいて来て、顔の辺りに気配を感じると視界に光が入って来る。蛍光灯の光は長い間暗い所にあった目には厳しくて、折角目を開けたのにぎゅっと暫く瞑った後ゆっくりと開けた。その先には大切な人の少し不安げな顔があった。

「……銀さん。」
「悪りぃ、遅くなった。縛られたりして不安だったろ。」
「別に大丈夫です。助けに来てもらいましたし。」

何よりそれが1番嬉しかった。頭のどこかで助けに来てもらえるかなと思ってはいたけど、彼女のこともあったし心は否定的になっていた。手足も自由になった所で自分の手首を見ると縄が擦れて赤くなっていた。傷痕にはならないだろうが少しの間は水が触れると痛むだろう。

「……少し料理も出来ないかもしれませんね。」
「いずれ作ってもらえるなら待てるさ。で、名前さん?さっきのあの人のことが好きだからのあの人って誰ですかね?」
「えっ、聞いてたんですか……!」

先程の表情とは打って変わって、ニヤニヤとだらけた彼らしい顔になっている。私の彼女に対する啖呵を彼はいつの間にか聞いていたらしく、それをネタにしようとしているのだ。好きだと言ってしまったのを聞かれていたことと彼の優しさの入った揶揄いの表情に顔が赤くなっていくのが分かる。この人は、本当に……。

「……銀さんのことって言ったら困りますか。」
「あー、そういうずるい手ね。別に?俺は困らねーよ。俺も好きだし一緒だったんだなーって。」
「……え、好き?」
「そう。気づいてなかったの多分名前だけ。」

ほら帰るぞ、と意図しない告白とその返事を軽く流す彼に瞬きをしてしまう。手を取られ、腕を引かれると抵抗することは出来ないからそのままついて行くしかない。彼の背中にどういうことだと聞いても、あーはいはいと適当な返事しか返ってこないので彼が行く先すら分からない。まあ予想するに万事屋にだろうから、神楽ちゃんと新八くんに手伝ってもらって好きだとか好きでないとか、これからのこととか、一緒に尋問してもらおう。繋がれた手のひらをぎゅっと握り締めると同じように力が返って来て、彼の背中を見つめる。大きくて逞しい彼の背中から見えたのは真っ赤に染まった耳と頬だった。


◇◇◇


夜も深く染まる頃、1人の女が疲れ果てたようにふらふらと歩いていた。まるで狼に噛み付かれたような生気のないその姿は落ち武者にも見え不気味と不自然さを持っていた。女は今先程、野望と希望を打ち砕かれたのである。自分が1番嫌いな奴を消すつもりが返り討ちにあってしまった。あの瞬間のことを思い出し、女はぎっと奥歯を噛んだ。どうしてあんな女、自分の方が優れているのに!もちろんこの女がこうなってしまったのは女自身のせいだが女は自信家で自意識過剰なためそれに気付くことはない。歩くのにも疲れた、とばかりに女が立ち止まって電柱に手をついた時だった。

「ちょっと待ちなせェ。逃げるつもりですかィ?」
「ひっ、な、なに!」

女の首元には刀が突きつけられていた。刀の持ち主は女の背後に立ち姿は見えない。声は聞いたことがあるがそれが記憶の中の誰かとは一致せず、女は恐怖で今にも泣きそうな顔になった。

「その顔本当ならドS心が擽られやすが、お前のは別でさァ。」
「誰なの、私が何したっていうの……!」
「何って、とりあえず誘拐と違法な人身売買ですぜ。自分のやったことに自覚と責任は持ってくだせェ。」
「それ、まさか貴方はけ、」
「まぁ言い訳は署で聞くんで。」

女が見たのはニタリと微笑むドSの顔だったとかそうでなかったとか。


◇◇◇


あれから散々2人に揶揄われた後で銀さんは私に付き合おうと言ってくれた。オーケーを出したその日は沖田隊長から団子屋の割引券を貰い、斎藤隊長から水族館のペア券を貰った。誘拐されていた時についた傷はお医者様によると痕は残らないそうで時が経てば治るとのことだった。今は包帯とゴム手袋をして料理をしている。昼食を作っている私と比べて、銀さんは普段と変わらず寝転がってジャンプを読んでいる。あの姿からは想像出来ないほど剣の腕は確かだから人は不思議だと常々思う。あと彼が私の恋人であることも。

「名前ー、もうすぐ出来んの?」
「はい。あと5分もすれば。」
「んじゃこっち来て。」
「……分かりました。」

素直に従って銀さんの元に向かうとソファに座った彼は足の間をぽんぽんと叩いている。これはここに座れの合図だと知ったのはごく最近のこと。恋は全くしたことがない、当然お付き合いもなかったので彼が初めてだ。一応年下の彼に全て教わるというのは随分恥ずかしいことのように思う。現に年下扱いも多い気がする。彼の腕がお腹を回って私を間に挟んだまま、銀さんはまたジャンプを読み始める。

「あの銀さん。」
「んーなに、今俺ジャンプ読むのに忙しい。」
「好きですよ。」
「はっ!?」

耳元で急に叫ばれたのでキーンという音がする。背中で慌てる彼に、間違ったことをしたのかと不安になる。

「あの、銀さん?」
「いや名前、いきなりどうしたんですか……。」
「恋人なので距離が近い時には言ってあげるのがいいと沖田隊長が。」
「あのドS……。」

銀さんは今度会ったら……とぼそぼそ呟く。それがよく聞き取れなくて何ですか、と聞くと彼は何でもないとそっぽを向いてしまう。行動範囲の狭い中、首を動かしてしか彼の顔を見れないこの体勢は結構辛い。それでもギリギリで見えた彼は銀色の綺麗な髪の隙間で耳と頬が赤くなっていた。銀さん顔赤いです、と正直に笑っていえば彼は突然こちらを向く。そして、やっぱ敬語いらねーだろと笑ってキスをしたから明日も敬語を使うことにした。5分経っても離されることがなかったので火にかけていた鍋は吹きこぼれてしまった。焦げたコンロの片付けは彼にしてもらうとしてその努力の褒美は何か美味しいものを作ろうと思う。


きみの全て、であれ


△▽△

20161114

みき様 キリ番request
about req & afterword

All title by サンタナインの街角で



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