消える 


◇◇◇


初めて出会った時にはもう醜態全て曝け出してしまっていたからか、彼女には安心感しか持てなかった。年上の余裕も無いように見えて、本当の所居候みたいな面倒くさい俺の周りの人全員を抱え込める程、優しく大きい人だと思っている。俺は彼女にしてみれば少し餓鬼っぽいのかもしれない。未だ敬語で話される意味も分からない。あんな野獣しかいないような所で働く意味も料理以外何も出来ないことも分からない。俺の小さな頭脳では理解不能な彼女をどうしようもないほど目が追っていたのは多分彼女の視線が俺に向けられるより前だった。

彼女を真選組まで送り届けた後、俺は改めてアイツの対策を考えていた。アイツとは最近万事屋によく出入りしている女のことだ。名前にも負けず劣らずの美人で正直距離感が近いことにドキドキしていた。この人俺に気があるんじゃん!と舞い上がったりもした。だけどそれは奴が万事屋の出入りを始めて暫くのこと、沖田くんの一言でふと気付いてしまった。

「旦那ァ、最近色男になってるそうじゃねェですか。」
「まぁね。モテるって辛いと改めて思った。」
「……俺にはあの女が胡散臭くて仕方ねェや。それに料理は名前が数段上手でさァ。嫁にもらうなら名前の方が、俺ァいいです。」

団子屋での何気ない会話、近況を話し合うだけのくだらないもの。そんな話の中に混ざった沖田くんの嫌悪感に気付かないわけもなかった。どういうことだ、こんなに嫌うって珍しい。それだけの考えで終わって仕舞えば全て知らぬうちに終わっていたかもしれない。沖田くんと彼女が会ったのはたった一度きりでそれ以外はないはずだが、彼の嫌悪度は普通では考えられないほどだった。

「……何、沖田くんったらジェラシー?」
「誤魔化さないでくだせェ。旦那なら気付いてやってるのかと思いやしたがねィ。女狐を手駒にしてるのかと。」
「女狐、ね。……まぁいいや。僻むのは醜いよー。」
「ちょっと、旦那ァ!いい加減名前のこともちゃんと、」

考えてるわ、俺なりに。叫ぶ沖田くんを置き去りに俺は彼女について調べることを決めた。そもそも?天パでマダオの俺が好かれること自体おかしいことだし?モテ期なんて白夜叉時代くらいだし?言ってて悲しくなってきたがとにかく彼女に関して何処かで感じていたものが沖田くんのお陰で明確になった。彼女が近づいてきたのには何かある。本当に好きで近づいて来ていたとしても俺の周りに影響が出るに違いないと。その通り、今こうして俺の彼女の関係にはヒビが入ってしまった。
俺だってあんな風に言うつもりなど少しもなかったのにあまりに彼女の言葉が無関係ですと言わんばかりだったから、カッとなって考えずに言ってしまった。こうなったら名前は万事屋に来づらくなる一方だ。原因の奴のことより先に、俺は好きな人のことを優先的に考えてしまう。どうしたら機嫌を直して今まで通り接してくれるだろうか。好きな食べ物など知らない。逆に名前は俺の味覚をよく分かって作ってくれる。彼女の趣味も知らないし、生まれも育ちも知らない。俺は一体彼女の何を見ているのだろうと呆れるしかない。それでも好きだと言う気持ちが先に芽吹いて自己主張してくるのだ。はぁ、と溜息をついて万事屋に戻ることにした。どうせ2人から奴のことと名前のことを散々言われるはずだ。どうかわそうか、考えると頭が痛い。

夕食は名前が作ってくれていた親子丼を食べた。落ち着いた優しい味付けは懐かしい感覚に陥る。神楽も文句なしで食べるのだ、俺の分まで。いつか今までのお礼を返さねぇと、恨まれそうだ。それくらい名前は俺達のために尽くしてくれている。食事も終わり片付けをしている最中、いきなり電話が鳴る。泡だらけの俺は出れないために神楽がはいはいと出た。この時間に依頼なんて珍しいなと思っていたら、銀ちゃん!と慌てた様子の神楽がキッチンに飛び込んで来た。

「うおっ、びっくりしたー。」
「銀ちゃんどうしよう!どうしたらいい?」
「あ?なんだよ、いきなり。」
「銀ちゃん、名前がいなくなったって。」

頭が真っ白ってこういうことなんだと知った。電話は沖田くんからで夕食の準備を始めようとしても姿が現れず終いには連絡もない。行方も分からない。万事屋に行くと言っていたのに知らないか。そういうことだった。屯所の近くまでは確実に送ったというのにいなくなったという。やっぱり中に入るまで見送るべきだった。あの時は名前に断られたのと空気が微妙になって知ったのも重なって俺は先々帰って来た。せめて姿だけでも見るべきだったのに、完全なる注意不足だ。それが彼女の態度1つによるものだから余計にたちが悪い。ああもう名前はどこいった!
家出を置き手紙なしでするタイプではないし、元より家出しそうにない彼女の行方知れずは人為的なものだろう。誘拐が妥当だ。なら、誰がやったか、今名前はどこにいるか。慌てて泣きそうな神楽を宥めつつ、俺の頭にはとある場所が浮かんでいた。奴と関わりを持っていそうな悪い組織が所有する建物だ。人気のないところにあっていかにも、という雰囲気があることを確認している。沖田くんにその場所の住所を伝え、俺達は勝手に乗り込むぞと言えば調子の良い「分かりやした」が聞けたから木刀を握りしめブーツを履いて出掛ける。すっかり夜が訪れ始めているかぶき町は綺麗だ。奴はこの町を守って人々に信頼されていて素敵と言われた。俺はそんな大層なことしてるつもりはない。ただ守るべきものだと使命に駆られているようなもので、本能に近い。それに奴は含まれていないことを奴は多分知らない。名前も恐らく自分が守られる立場であると知らない。自分はまるで関係ないといつも境界線を引いて生きているようだったから。それが酷く哀しく寂しく切なかった。同時に俺の想いも不安も全部知って欲しいと思った。
本当のことを言ってしまえば、俺はお前を守れるだけで十分なのに。


きみがため夜に消える

other side : A man who loves her



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20161111



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