ひとまず病気が何か分かったために1日で病院を出られることになった。医者に治せるものではないからか、先生には申し訳なさそうな顔をされたが。こればかりは仕方のないことだ。
死ぬまで……向き合うしかない。
土方さんに団子屋までパトカーで送ってもらうと陽はもう沈んでいた。病室で目が覚めた時には夕方も終わりそうなくらいだったから。団子屋の前には待っていたのか、親父さんがいた。

「……親父さん。」
「聞いたよ、奇病だってな。」
「すいません……。迷惑かけて。」
「いいだって。花梨は俺の娘だろ?娘が病気して迷惑なんて思わねぇし、心配するだけだ。こっから追い出して捨てたりしねぇよ。」

ニカッと笑った親父さんにボタボタ涙が出る。赤の他人であるはずなのにここの人達はどうしてここまで優しくなれるのだろう。私が住んでいたあの元の世界では考えられない。
いきなり泣き出したのに動揺して親父さんと土方さんが口喧嘩を始める。慌て過ぎだな、私の“家族”は。病気が分かってこんな風に見えてくるものは、私の心には暖かすぎるくらいだった。


次の日からは体調を見ながら働くことになった。花に触れてはいけないことを親父さんに説明して、花を吐けるようにと桃色の箱を用意してもらった。
土方さんも病気が治るまでは出来るだけ来てくれるそうで、総悟くんはほぼ毎日来るだろうなと思う。彼は翌日に引きずらないタイプではないけどなかなか本当のところを見せない性格だ。病室での出来事はきっと一言で終わってしまう。そう考えると時々、相手が誰か聞かれることになりそうだ。
治療法が特殊で、治る見込みは今のところゼロ。1年間溜め込んだ思いは早々に忘れることは出来ないが、少しずつ何か違うものに変えなければならないことは分かっていた。あの人に会えたら病気が治るかもしれない。一目見るだけで、だ。私の治療法はそんな簡単なことだろう。会えずに死んだとしたら銀色の花の中で死にたい。2度目の人生を歩く気分でこの1年を過ごしてきた。あの人の色に包まれて死ねたらどんなにいいか。死が身近になってしまったことで怖いもの知らずになった気がする。迷惑かけずに死ねたらいいなとそう考えるようになった。

そうして病気発覚から1週間後。予想通り毎日来ていた総悟くんが帰ってしまい、客足もしばらくなかった頃。すいません、と低い男の人の声がして机を拭いていた手を止め、接客のために声の方を向いた。

「すいません、チョコレートパフェあります?」

気怠そうな声。派手な銀色の天然パーマ、着流し、腰に木刀をさしたその人は、死んだ魚のような赤い瞳をして頭をかいていた。
息が詰まる。心臓が止まる。咳が溢れる。
紛れもないあの人だと理解する前に私は咳をほろほろ零した。病気持ちがバレるのはまずい、とその人をほったらかしにして箱のある店の奥へと走った。ちょっ、放置、え、俺なんかした!?、と騒がしい声がしたがそれどころではない。
ここ1週間吐かなかった花を吐きそうなのだ。あの人の前では口を押さえただけで花びらは落ちなかったはず。自分を見て急に口元を押さえて消えるなんて失礼過ぎるが、うっかり花に触れられでもすれば一大事だ。触れてうつった人の治療法が私と同じとは限らない。さすがにそこまでは聞いていなかったしうつすわけにもいかないから敢えて聞かなかったのだ。飛び込んできた私に親父さんがどうした、と声をかけるが目線でお客さんだと伝える。
親父さんは分かったと一言言ってあの人のところに行く。喉に込み上げる異物感とむず痒さを吐き出すように私は桃色の箱の中に花を吐いた。箱より濃い桃色をした花びらがばらばら積もる。全て吐き終わると荒い息を整えて、ペットボトルの水を飲む。花の味は決して良いものとは言えず、青臭い不味い味だ。私の体から出てきたこの味を水で奥の方に押し込める。息も整って冷静になれる頃には親父さんがそばに寄って背中をさすってくれていた。

「……あの、お客さんは。」
「もう帰ったよ。お前のこと大丈夫かって言ってたが…………万事屋だったなんてな。」
「あの人、ここに来たことあるんですか。」
「いやねぇが、何度か飲み屋で一緒になったくれぇだ。万事屋の話は聞いたことがある、顔見知り程度だ。」

面識のないとばかり思っていたから早々に相手も居場所もバレてしまった。あの人はふらふら歩く人だしここに来る可能性もあるのに今までが不思議だったのだ。1度来たともなれば親父さんの良い性格にツケでも平気かとまた来るだろう。
私はそういうことを狙っていたのに、どうしてか今はもう来て欲しくないと思ってしまう。いや、来て欲しい。来て欲しいのに、こんな花を吐いているところを見られたくないゆえに、会いたくない。あの人なら絶対に助けようとするはずだから。同情みたいな優しさが欲しいわけじゃない。だから会いたくないなんて、頭で考えたくもなかった。

結局花を燃やすことに時間を費やしてしまって店前に立つことはなかった。お風呂上りに壁にもたれかかりながら、先日買ったばかりの花の図鑑を取り出す。花吐き病ではその時思った感情を吐くらしく、その思いを表した花言葉の花を吐く。この前の花はニゲラで「夢の中の恋」。どれほど思っていたのかそれを表していてすぐに図鑑を閉めた。
吐く花は花びらだけでなく、花自体も綺麗な形をして出てくる。体の中で作られるためか傷も色のムラもない花は図鑑と比較するには十分すぎるくらいだ。1つだけ残しておいた花を持ち、図鑑をめくる。何百ページとあるこれから1つを見つけるのは気が遠くなりそうだが、自分の思いを確かめるように丁寧に見ていく。
あるページで花の形がよく似たものを見つけそこから探す。すると、この花は「プリムラ・マラコイデス」というらしい。サクラソウ科で多年草だが高温多湿に弱く一年草として扱われる。葉や茎に白い白粉のようなものがつくため「化粧桜」の和名がある。弱々しいが綺麗で今の時期、初春から春にかけて咲く花。説明の下の方にはどの花にも花言葉が載っていて、それに目を通すと自然と前屈みになっていた体を後ろの壁に引っ付けて空を仰ぐように天井を見つめた。

まるで私の気持ちを代弁し、これからの始まるを告げるその言葉に目の前がどんな色をしているのか分からなかった。希望で満ち溢れているのか、絶望に染め上げられているのか。私には今、閉じた図鑑を抱き締めることしか出来ない。


プリムラ・マラコイデス
恋色のあなた

運命を開く
I can’t live without you



20161031