真っ白な病院で目を覚ましたときには、ベッド横で沖田さんが椅子に座っていた。目があって総悟くんはハッとしたように大丈夫ですかィと普段からは考えられないような声で言った。

「うん……まだ喉が苦しいけど、平気。」
「そうですかィ……。心配しやした。あ、ねうえのように消えちまうかもって。」

ああこの落ち着きは不安の裏返しだったのだと言われて気付く。ミツバさんがいなくなってから随分経つけれど、それでもやはりそばにいる人がいなくなることは総悟くんにとって嫌なことでしかない。ミツバさんは一度しか会ったことがないが、弟思いの人だったし総悟くんの大事な人だった。そんな人と同じように思われているのかと思うと嬉しい。

「総悟くん、あの、土方さんは。」
「あのヤローは先生に話聞いてまさァ。俺といるのにヤローの話しないでくだせェ。」
「あ、うん。はい。」

むすったれたその顔は幼過ぎてドキリとする。可愛いなあと言ってしまうと怒られるので心の中だけに収めた。外から見ているときはドSのイメージしかなくて引くところがあったけど会って話してみるとそれだけでないことがよく分かる。見た目以上に優しい上、想像を遥かに超えて土方さんを殺しにかかっている。それだけは本当に恐ろしい。

「私、花を吐いたんだけど何だったのか……。知ってる?花を吐く病気。」
「…………さァ、俺には難しいこと分からねェもんで。」
「そっか。」

総悟くんが悲しげにすいやせんと謝ると不意に病室の扉が開く。開いた扉から土方さんがやって来てその手には書類が持たれていた。総悟くんがいることに驚くこともなく、逆に隣に椅子を持ってきて座った。

「大丈夫か。」
「はい。今はもう苦しくないです。」
「ならいい。それより……話がある。」

土方さんはそう言うと持っていた書類を広げてある紙を指差した。

「お前の病気は天人が来た時から流行り始めた奇病で、嘔吐中枢花被性疾患、通称花吐き病という。」
「そのままですねィ……。」
「あの、どういう病気なんでしょうか。」
「口から花を吐き出す病気でいずれ花を喉に詰まらせ死ぬ。」

死、という言葉が出てきた瞬間に背中が凍った。私はこの世界の住人ではないから死んだらどうなるかは分からないけど、それでも死ぬのは怖い。握りしめた拳に気付いたか、総悟くんが大丈夫ですぜと言った。

「治療法は、あるんですか……。」
「あるにはある。ただ、それが、」
「何でさァ、土方の命差し出すとかですかィ?花梨の為なら簡単でィ。」
「バカか!ちげぇんだよ。片思いが実るか、思いを終わらせるか、なんだよ!」

キィンと病室に響いた声に看護師さんがうるさいと言って去っていく。片思いが実るか、思いを終わらせるか……。訳のわからない話に頭の容量は超えている。

「……はあ。花吐き病の原因は天人が振りまいたウイルスだがそいつが特殊で、発病するのは感染者が片思いを拗らせた時。そして完治するのはその片思いが終わった時だ。」
「つまり、両思いか諦めるかってことですか?」
「まあ、そういうことだ。」

信じられないような話だが、この世界ではありえなくもない。それだけ天人の技術は凄いから。

「へえ、花梨には片思い相手がいるんですねィ。」
「総悟くん!そんな相手、いないから……。」

否定したところで説得力はない。事実片思いによる病気が発病してしまっているのだ。総悟くんは冗談を言いつつもその瞳は真剣そのものだ。咳を吐き花を吐くこの病気はミツバさんの病にも似ている。
私の相手といえばひとりしかもういないけれど、その相手が誰かを知っているのは土方さんだけで総悟くんも山崎さんももちろん新八くん達も知らない。土方さんと私だけが抱える大きな秘密に酷く安心していた。

「…………野郎に会いにいかねぇか。」
「土方さん……、行きたくないって、言ったら?」
「俺が無理にでも連れて行きやす。俺は相手知らねェですけど花梨が誰かを求めてることくらい気付いてます。なら、土方が知ってんならどんな手使っても吐かせて花梨を連れて行きます。じゃねぇと、」
「総悟。やめとけ。」

立ち上がって私の腕を取った総悟くんの表情は焦りだった。それを止めるように土方さんが花吐き病について書かれた書類を片付けながら静かに言う。少し静寂が訪れて、総悟くんは手を離し椅子に座る。
彼らには彼らの仕事があるはずなのにわざわざ付き合ってもらって、申し訳がない。存在しない人間のために。

「土方さんは、花梨が死んでもいいってんですか。」
「そうは言ってねぇよ。ただ俺はこいつが来た時から会いてぇ野郎も知ってるし会いに行かせたい。だが、花梨自身が運命信じて会いにいかねぇのなら無理には連れ出すことはしない。」
「それは逃げてんじゃねーですかィ?花梨も土方さんも、運命なんて言って逃げてるだけじゃねーですかィ?」

優しい2つの心がこんなに嬉しい。私にはそんな価値がないのにこんなに思ってもらえている。嬉しい。この思いで、片思いが終わればどんなに楽か。私は死ぬほどの恋をしてしまった。それだけなのに、2人に心配してもらっている。身勝手な我儘を通させてもらって迷惑かけてそれでも譲れない何かがある。真っ直ぐ堂々とは生きていく勇気はないがこの恋は真っ直ぐしていたい。だから、

「ごめんね、総悟くん、土方さん。私はあの人に会いに行けません。会っても病気が治る可能性もないし。私、ちゃんと片思いしていたい。」

そう言って笑うと辛そうな顔の総悟くんは病室を出て行った。ああ、地雷だったのかなあと後悔する。

「……すいません、お世話になってるのにまだ我儘言って。」
「別に。俺はお前の親みてぇだからな。親は子供の小せぇ我儘くらいきくもんだ。」
「確かに。戸籍も作ってもらったし、居場所も作ってもらったし、親ですね。でも年齢的には兄ですかね。お兄さん。」
「まあなんとでも呼べ、妹。」

案外ノリノリの土方さんに笑ってしまって先程までの空気が壊れる。空気クラッシャーは得意じゃない、と思う。

「そういや、言ってなかったことがある。」
「なんですか?」
「吐いた花に触れると触れた奴は無制限に花吐き病を発症させる。だから吐いた花はお前だけが触れて燃やせ。決して誰にも触れさせるな。」
「え、じゃああの時土方さん触ってませんでしたか……?」

私が先程吐いた花を触っていたような気がする。しかしそれはどうやら本当に気のせいだったらしく、土方さんは首を振った。大量の花びらに慌てていたから見間違えたのだろう。もしかしたら誤魔化してはいないかと問い詰めたが、確かに違うらしい。

「そんなに心配しなくても触ってねーよ。お前の方が大変だからな。」
「分かってますよ。大変です。」
「お前、わかってねーだろ。」
「分かってます!」
「分かってねぇ!」

2つの言葉でギャアギャアと言い争うこと5分。徐々に何を争っていたか朧げになってしまってクスと笑いが溢れる。ケラケラ笑う声が聞こえる病室にあった冷ややかな空気は開いた窓から飛んで行って、代わりに暖かな風が入ってくる。

季節は初春。桜はもうすぐ満開になる。
いったい私の命はいつまで持つのだろう。


心臓に刺さる白薔薇
深い尊敬
too young for love



20161023