誰もいない楽屋で、
ダスティ・ピンクの髪の男と二人。


状況はというと……
オレが手首を掴まれ押し倒されている。

「くすくす。弟に犯されている気分ですか?」
切れ長の目を細め、挑発的な笑みをこちらに向ける。細い体躯に似合わず、ずしりとかかる重さに身動きが取れない。
「冗談はやめろ。ルキはお前とは違う」
実弟と同じ、巡音ルカ亜種モデル『巡音ルキ』。
しかし物言いや仕草は全くと言っていいほど違う。


「ああ、すみません」
謝罪の言葉を発しているが、申し訳ない気持ちなど微塵も感じさせない。
三日月のように目を細め、薄ら笑いを浮かべる。
こちらを見下げる小馬鹿にしたような様子に苛立ち、キッと睨みつけてやった。


「同じ機体でもこうも異なるものなんですね。環境の違い?
僕にもこんな優しい兄がいれば良かったのに」
生暖かい舌先が頚動脈をつたう。
湿り気を含んだその感触は不快でしかなく、思わず身体が強ばった。


「…なんてね」






気色の悪い。
厄介な男に関わったものだ。
端正な顔立ちは、目にかかる髪の一筋さえ秀逸で艶めかしい。
俺は色香にあてられぬよう、強く奥歯を噛み締めた。




***

「ルキ、最近楽しそうね」
白く細い指先にホライズンブルーのマニキュアをのせながらこちらに話し掛ける。
その表情に色はない。
「僕?楽しそうに見える?」
目の前に座る自分と同じ髪色の人物へ言葉を返した。
しかしベージュシャドウの目元は僕ではなく爪先へと視線を落としている。
普段通りの反応の為、気にせずに言葉を続けた。


「面白いものを見つけたんだ。
ショーケースに入れてずっと鑑賞したくなるような」

つい昨日(さくじつ)のことが脳裏から甦り、笑みがこみ上げる。
自分の弟といかがわしい事をしている様だと。追い詰められ罪悪感に駆られるさま。
首筋に口付けると顔を背け、羞恥に絶えきれず小刻みに震えていた。

「でもさ、欲の勢いに余って触れてたらお仕置きされちゃってね」
左腕に赤く疼く痕。
彼のシャツに手を掛けて思い切り付けられたモノだ。
そう。
面白い事に、僕が痛がる素振りを見せるとあの人は酷く動揺していた。
なんて事は無い。
嫌がっているのは“振り“だけ。

『弟』という背徳感は優秀なお兄ちゃんには酷く苦しい。
下らないものに縛られている哀れさと、抗いながら欲に揺れる愛らしさ。
むせかえる蜜に群がる蜂のように、この濃厚な甘美は中毒性が高い。
こくりと生唾を飲み込む。
興奮に耐えきれずじりじりと熱を持つ左の鬱血を、宥めるように
優しく擦った。

「イタズラは程々にしないと、ね」





その様子を横目に見ながら、彼女がマニキュアボトルをサイドテーブルに置いた。厚みのある瓶底が光沢を放つ天板上でコトリと音を立てる。


「貴方が何かに執着するなんて、めずらしいわね」
沈んでいた瞳に一瞬光がさす。


「……興味があるわ」
何事にも無関心なこの人にとって希少な現象。
……そう、一番危険な状態。



「駄目だよ。僕のものに触れちゃ」



手を伸ばす。
目の前の絹糸のような髪を手の平で掬うと、指の間をすり抜けそのまま柔らかに落ちた。一本一本さらりと通りすぎていくその様を見ながら彼女に視線を送る。







「ね?ルカ姉さん」


自分と同一の顔へ、静かに警鐘を鳴らす。
耳鳴りのような不快な音が部屋に響き渡った。


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