(初恋篇)


「ほい、どーぞ」
「早く服頂戴。寒いから」
「やっぱ寒いんじゃねーか」

薄く笑いながら横目で私を見た坂田に、少しドキドキした。
顔がかっこいいのって得だよね。

「風呂入ったら?」
「いい。タオルだけ貸して。家帰ってすぐ入るし」
「あ、そ。洗面所にあるから拭いておけー。服とって来るから」
「ん」


そんなに広くもない部屋。アパートで、これは銀魂高校の理事長が家賃制で貸している教師用アパートらしい。
って言っても新しいし、普通に暮らしていく分には困らない感じ。
今このアパートに住んでいるのは自分だけだと、聞いてもいないのに言われた。
まあ普通20越えたら誰かのお世話にはならないよ…。
体を拭きながらボーと考えていると、コンコンと洗面所のドアが叩かれた。


「服持ってきた。サイズあってるかわかんねェけど」
「うん。じゃあドアの前置いて、さっさとあっち戻って」
「え?なんで?」
「今裸なの」
「あぁ…はいはい」


足音から出て行った事を確認して、少しだけドアを開けてさっと服を取った。
黒地にピンクのラインが数本入った、よく見かけるジャージ。サイズからして普通に女物。
だけどTシャツは、真っ白い生地に大きく「糖分」と書かれた少し恥ずかしいもので、ブカブカだから坂田のだろう。
ご丁寧に靴下も用意してくれていた。黒の長めの靴下で、赤いマークがポイントになっている。…これも女子高生や中学生がよく制服で使用する靴下。


「これは彼女のだな」


少し使用することに躊躇したが、遠慮なく着てみることにした。
最後にベタベタの髪の毛を持っていたゴムとピンで下向きお団子にして洗面所から出た。
坂田はリビングらしき部屋でテレビを見ながら転職雑誌を見ていた。
転職希望かよ…。


「あ、できた?家送るわ」
「いやいいよ。買い物するし」
「連れてってやるって。あ、コレ着ろ」
「あ、うん…」

女物のミリタリーコートを渡されてそれを着た。
有無を言わさない様な言い方に、口を閉じる。
肯定の意とみなしたのか、坂田はテーブルの上に置いてあった鍵を手に取って玄関までだらだらと歩いた。
そんな坂田もさっきまでのスーツに白衣という姿ではなく、黒いスウェットというラフな格好になっていた。


「どこ行きたいの?」
「スーパー…の予定だったけど、こんな恰好だしコンビニでいい」
「あー悪いなそんなのしかなくて」
「いや、別に。逆に女物があったのが驚きっていうか」
「……ああ、まあ。元カノの」
「あ、そう」


少し沈黙が流れた。気まずい空気になって、私は原チャリに跨いだ。
後から坂田も跨り、鍵を差し込んだ。


ピリリリ
「あ、ごめん電話」
「おおー」
「もしもし?」
『あ、真央?まだか?俺達お腹すいて死んじゃうよー』
「隆ちゃんは私の身より、自分の空腹が心配なんだ?」
『そういう訳じゃないけど!!…早く帰ってこいよ』
「うん。すぐね」

「家族の人か」
「うん、まあ兄貴だし。ウチはそんな厳しい門限とかあるわけじゃないから」
「中学生なのにかー?」
「………15歳だし。子供じゃない」
「はいはい。じゃ、行くかー」

今度こそエンジンがかかって、座る所の淵に置いていた私の手をゆっくりと掴んで自分の腰に回させた坂田。


「つかんでおかねーと振り回されるよ」

あとメットもな。とどこから出したのかヘルメットを渡された。
しぶしぶ受け取って頭にはめると、これもやっぱり丁度いいサイズ。

「ねえ」
「あー??」
「私さー」
「おー」
「高校行きたくないんだー」
「…ふーん」

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