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第6話 憧憬



怒りで真っ白になった頭が落ち着く頃には、いつの間に呼んでいたのか、フェンリルの(今度は本物だろう)役員が、詐欺師の男二人を引き連れて、教会から出ていくところだった。

「大丈夫か?」

付き添っていてくれたのか、隣に座ってこちらを心配そうに覗き込んでいるブレンダンさん。

「……はい。大丈夫、です。」

彼の実直な優しさが、私たちには……少し怖い。私達は彼らに何を返せるわけでもないというのに。どうして彼らはここまでしてくれるのだろう。
ふと、先程まで私の手を落ち着けるように握っていた幼馴染の姿が見えないことに気が付き、少し寒い手を擦り合わせながら、あたりを見回す。

「先程の子なら、タツミと一緒に、外でフェンリルの人間に事情を説明している。」

その視線に気付いたのか、落ち着けるような冷静な声が応える。
人の感情の機微も、よく気付く人だな。

「すみません。色々とお任せしてしまって……。」

「いや、それは構わない。」

あの男達がフェンリルを名乗っていた以上、俺たちにも全くの無関係の話ではないからな。
と、彼は真面目な返答をしながら立ち上がる。

「立てるか?」

教会の長椅子に腰掛けている私の前に膝をつき、その手を目の前に差し出すブレンダンさん。
何気ない動作なのだろうが、いやに様になっていて苦笑いが漏れる。
本当に、……こんな良い人が、何故こんなに辺鄙な場所にいるのだろうか。

「大丈夫です。」

ありがたい事だったが、その手を断り、自分で立ち上がる。
いくら命を助けられたからと言っても、この身を預けきるのは、怖い。

私のその態度に対して、ブレンダンさんは特に気にしていないようで、隣に並んで外へ向かって歩き出す。

「……どうして……。」

歩みながらポツリと、私が呟いた言葉に振り向いて首を傾げるブレンダンさん。
扉を開き、静かに私が通るのを待っている。
その所作にすら、また疑心を感じてしまう。これは、私の心がくすんでいるだけなのだろうか。

「どうして、私たちにここまでしてくれるんですか?」

「……。」

外の陽光の中に一歩踏み出せば、フェンリルマークのあしらわれた輸送車を前に、タツミさんの付き添いの元、舞がフェンリルの人間と話している後ろ姿が見える。詐欺師の男達はもう既に、あの装甲車の様なものに詰め込まれているのだろう。

「私たちを助けたところで、あなた方に何か得があるとも思えません。なのに、あんな……危険なこと……。」

狼は、仲間しか助けない。

それはここの、貧困層の外部居住区内でも同じことだ。
皆、自分が生き残るために一生懸命だから。

そう伝えれば、ブレンダンさんはその端正な顔をすこし歪め、考え込むように少し間を置く。

「……俺にも、よく分からないんだ。」

真っ直ぐ、舞たちの方を眺めながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく、

「ただ、嫌な予感がした。だからここに飛び込んだ。その後は……ただただ、夢中だった。」

そう言って、自嘲的な苦笑いを浮かべながら、頭を掻くブレンダンさん。
まだ彼に、この身を預けることには少し戸惑いがあるが、だがその言葉には、嘘偽りはないと、はっきり断言出来るほどに、私はこの短時間で彼の誠実な性格を信用していた。

「…………俺はもしかしたら、自分が思っているよりも独善者なのかもしれないな。」

「……?それはどういう……」

ポツリと誰に聞かせるでもなく、つぶやくように放たれた、ブレンダンさんのその言葉の意味を図りかねて、思わず尋ね返した時、私のその言葉はハツラツとした幼馴染の声に、掻き消されることとなった。

「ユリー!終わったよー!」

抱きつくようにこちらに飛び込んでくる舞。タツミさんもその様子を微笑ましそうに眺めながら、後ろを追ってくる。

「ブレンダン、アナグラまで乗っけてくれるってよ。」

背後の輸送車を指し示しながら、しめた、とでも言うように無邪気な笑顔を浮かべていうタツミさん。
彼のこういうところが、本当に私達っぽい。

「そうか。ならお言葉に甘えるとしよう。」

「おう!」

「そう言えば、カノンはどうしたんだ?」

「大分前に、ジープで神機と一緒に先に帰らせた。だから俺達の帰る足がなくてよー、どうしようかと思ってたんだ。」

談笑しながら輸送車に向かって歩み出した二人。
もうこれで、この二人と関わることは最後になるだろう。その後ろ姿を見て、実感した。

狼を背負って、颯爽と歩く彼らは、壁の日陰で暮らす私たちには遠すぎる。
伸ばしたところで二度と届かない。
その大きな背を見て、憮然とそう思った。

このまま、背を向けて教会へ戻って扉を閉じれば、それで終わり。そう、終わりだ。手を差し伸べられることに、無条件の誠実な優しさに、不用意に踏み込まれることに、恐怖を感じているのなら、そうするべきだろう。

でも何故か。何故だかその時、私は無意識のうちに、歩んでいく二人の背に声を掛けていた。

「あのッ…………」

私の声に、驚いたように振り返った二人は、こちらを見つめ、その先の言葉を待つように佇む。

「ユリ……?」

どうしたの?とでも言うように私の腕の中で首を傾げる舞。
未だ離れる様子もなく、抱きついてきていた舞を引っぺがし、私は潔く、二人に向けて頭を下げた。


「ありがとう。」


程なく頭をあげれば、彼らは揃って、こちらも綻ぶほどの笑顔を浮かべ、ひらりと手を振った。
そして私の心持ちとは正反対に、彼らは迷いなく振り返ると、そのままフェンリルの輸送車に乗り込んでいった。

「珍しいね。ユリが知らない人に頼るなんて。」

同じように輸送車を見送りながら、隣の相棒は心底意外そうに声を上げた。

「それを言うなら、お前もだろ。」

お前だって、最初こそ警戒心むき出しだったが、途中からは、普段から考えられないほど、あの二人の前では気が緩んでいたじゃないか。いつもは人見知りのくせに。

そう告げれば、舞はその元々大きな瞳をさらに大きくぱちくりと開いた。
黄色い瞳が転がり落ちそうだ。

「だって、ユリが信用してたから。」

「は?」

「だから、ユリ、私が来る前から、あのー、なんだっけ、銀髪の青い人。」

先程聞いたばかりだろうに、記憶を探るように明後日の方を見ている。

「ブレンダンさん。」

「そうそう、その人。その人のこと、大分信用してるみたいだったから。
ユリがそこまでするなら、大丈夫だなって。」

「そう、だったか……?」

私はそんなに、あの人に心を許しているように見えたのだろうか。
尋ねれば彼女は無邪気に笑って、ひとつ大きく頷くと、クルリと踵を返して教会へと戻っていった。

舌の根の回らないガキの頃から一緒にいた舞が言うんだ、多分、そうなんだろう。
だけど、それももう関係の無い話だ。
もう、彼らと私たちの道が交わることはないのだから。

「院長先生、具合はどうだ?」

教会の入口を潜りながら、長椅子に横たえられている院長先生の様子を伺う。
舞の姿が見えないということは、きっと宿舎の子供たちの様子を見に行ったんだろう。

「……うん、大丈夫だよ。」

ほんの数十分前に、躊躇いなく頭をワイン瓶でぶち殴られたんだぞ。具合のいいも何も無いだろうに。
それなのに、具合の加減を聞く私も大概か。

「無理するな。後で医者のところに行こう。」

外部居住区にも、一応医者という職業はある。軽い怪我や風邪ごときでその人たちの世話になることは、ここでは早々無いから、ここの医者は皆商売あがったりだろうがな。

「あぁ、そう言えば。」

何かを思い出したかのように起き上がろうとする院長先生。それを緩く押しとどめながら、ため息をつく。

「だから、無理するなって。何か用があるなら私がやるから。」

「ごめんね。」

体を横たえ直しながら、院長先生は前方を指差す。指し示す方には、教会の再奥中央に設置された教壇が。
院長先生の指示通りに、教壇の上を覗けば、いつもそこに鎮座している聖書台、その上にはなぜだか聖書ではなく、見慣れない封筒が置かれていた。しかも二通。

純黒のその封筒は、思いのほか軽い。
宛名は……、私と舞?
私宛の郵便物なんて、貰ったのは長い孤児院生活で初めてだ。

「えっ……?」

何気なく封筒を裏返したその時、思わずそれをとり落としそうになってしまった。
その封筒には、純黒の地の色に映えるように、曇りのない純白の牙を備えた一匹の狼が捺印されていた。
それは先程まで、私の目の前を揺れていたものと、寸分違わぬものであった。



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