二人三脚様参加作品




高く昇った太陽からの日差しは、思っていたよりも厳しいものだった。いつの間に、日光というのはこんなにも強くなっていたのだろうか。仕事が仕事だけに、普段はこんな時間に外を出歩くことはなかったとか、地上に出なくてもどうにかなる便利な交通手段があるからとか、いろいろ考えて気を紛らわせてみる。しかし、そんなものはやはりただの現実逃避でしかない。現実はあくまでも現実であり、目の前にあるのは日光を浴びて青々と茂った芝生だ。



「ほらぁ、せーやくん、はやくはやくぅ!」



俺を呼ぶ甲高い声で、夏の空に溶けていた意識は緑の芝生へと戻った。
俺がこんなところに来ることになったのも、こいつのせいである。親類の子供を預かることになったのだが、これがまぁ言うことを聞かない。いまも「事務所は飽きた、外に行きたい」と言って聞かないので、しょうがなく仕事を抜けて来た。一体誰に似たんだ。仕事があるという俺に無理やり預けるぐらいの強情さを持った親に似たのだろうか。その親は俺の親類だ。つまり遠くはあるが俺にも関係があるのだろうか。
いや、こんなことを考えている場合ではない。また意識が溶けてしまうところだった。いまの俺はそれどころではない。いつなにをしでかすかわからない、悪魔のような生き物の責任を負っているのだ。



「ゆうぐあんまりないねぇ」

「そりゃあ、こんなところに公園なんてあるのが不思議なぐらいだからな」

「そーなの?」

「周りはビルばっかりだろ、あれ、マンションじゃねぇんだぞ、みんな働きに来てるんだよ」



オフィス街を少し抜けたところにあったこの公園は、たしかにそんなに大きくはなかった。しかし、滑り台、ブランコ、鉄棒、ジャングルジムはあるし、なまえを遊ばせるには十分だ。



「まぁ、これで満足だろ、公園の中から出るんじゃねえぞ」

「はぁい」



公園を見渡せる位置にあるベンチに座ると、なまえはジャングルジムに挑戦していた。ジャングルジムは、誰よりも先に頂上へ登って、風景を見下ろすのが醍醐味だと思う。景色がいいのはもちろん、あとから登ってくるやつらの様子を見下ろすのも楽しかった。
しかし、ジャングルジムはあんなに小さいものだっただろうか。昔はあの格子の中を自由に動き回っていたはずなのだが、いまでは到底入る気がしない。とても高い位置だと思っていた頂上も、いまでは大して魅力的な高さでもない。

遊具の花形といえば、いまも昔もブランコだろう、と俺は思っている。手が汚れる鉄棒だとかうんていだとかは論外だし、なにより遊んでいる姿がサルっぽい。シーソーは尻が痛くなるし、滑り台は汚れるし。そういえば四角い箱のようなブランコもあったな。アレは馬鹿が無駄に漕ぐからダメだ。
そんなことを考えていたからか、いつの間にかブランコに移動した#名前#と目が合ってしまった。



「せーやくんもおいで!」

「俺は疲れてるんだよ、一人で遊んでろ」

「いいから!」

「うるさい」

「はーやーく! せーやくんってばぁ!!」

「あーうるせぇなぁ! わかったからキーキー叫ぶな!」



どうして子供の声というのは、こんなにキンキンと頭に響くのか。狭い事務所なんかでこういう声をだされると、たまったもんじゃない。



「はい、せーやくんもブランコのって」

「はいはい」



面倒なので素直に従っておく。なまえに促されるままにブランコに座って驚いたのは、その狭さと低さだ。これでは二人乗りもできそうにない。時の流れとは恐ろしいものである。
隣のなまえが漕いでいる振動を受けていると、ご多聞に漏れず俺も遊具の花形ブランコが好きだったな、と思い出した。風を切るのも気持ちがいいし、何より足を突き出して空を蹴りあげるのが楽しかった記憶がある。花形であるだけに次々と他の子供たちも順番待ちを始めるのだが、そんなものお構いなしだ。まぁ、今は順番待ちどころか、俺たち2人以外は誰もいないのだが。
リズムよく漕いでいた#名前#の足が地を擦り、その摩擦がやがて振り子の動きを止める。なまえの視線を感じてそちらを見ると、なまえと目が合った。



「飽きたか?」

「ううん」

「飲み物もお菓子も持ってねえぞ」

「ちがうよ、せーやくん、ブランコしないの?」

「あ? この年になってそんなことできるかよ」

「かんけーないじゃん」

「お前にはわからないと思うけどな、大人にはいろいろあるんだよ」

「あ、なまえわかったもんね!」

「何がだよ」

「せーやくん、オトナなのにブランコこげないんだぁ!」

「勝手に言ってろ、バーカ」

「ブランコこげないのはあかちゃんだよぉ! ね、おしたげよっか?」

「わーったよ! 漕げばいいんだろ漕げば!」



いそいそと降りて俺の背後にまわるなまえに危機を感じて、ついついのせられてしまった。なまえが背中を押すというのは、おそらくぶっ叩くとか、ぶん殴ると同義である。子供というのは加減を知らないから意外とバカにならない。っていうかどんだけ俺にブランコを漕がせたいんだよ。



「どっちがたかくこげるかしょうぶね!」

「大人舐めんなよ? ブランコ歴はお前よりずっと長いんだからな!」



そう言いつつ、ブランコの思わぬ低さに若干の不安を覚える。まぁ、ここまで言ったら思いっきり漕いでやるしかないだろう。足が長いというのも困ったものだ。
いざ漕ぎ出すと、十数年のブランクを感じさせないほどスムーズに振り幅は増えていった。他のやつらを差し置いて乗り回していた甲斐があった。



「せーやくん! ズルい!」

「せいぜい、俺を手本にして、頑張るんだな!」

「そういうの、オトナゲナイって、いうんだ、よ!」

「そんなもん、知るか!」



漕ぐタイミングで切れ切れに言葉を繋ぎながら会話をする。これもずいぶん懐かしい感覚だ。



「あのさ、こーやってさ、あしをばーんってしたらさ」

「足がなんだって?」

「ばーんってしたら、したらさ、そら、けってるみたいで、きもちいいよ、ね!」



なまえの発言に、思わず笑ってしまった。誰でも同じことを考えるのか、それとも血の繋がりかはわからないが、まったく同じことを考えているとは。こういう不思議な一瞬がかわいくて、世の中の親というのは子供を育てることができるのだろうか。
笑いながら漕ぐのをやめた俺を不審に思ったようで、なまえもブランコを止めた。



「なんかおもしろいことあったの?」

「いーや、なんでもねぇよ、ほらそろそろ行くぞ」

「やだ! つぎはどっちがクツ、とおくにとばせるかだよ!」

「危ないからやめとけ」

「だいじょうぶだって!」

「おいいいからやめっ! づっ!」



右の靴のかかとを外して立ち漕ぎを始めたなまえを止めようとして、ブランコに思い切り脚を打ち付けてしまった。加速度のつき始めたプラスチックだかゴムだかよくわからない板に、こんなにも力が加わっていたとは。
さっき一瞬でもかわいく見えたのは取り消しだ。痛がる俺を見てけらけら笑うなまえは、やっぱり悪魔のようだった。

この悪魔のような小さな生き物の手を引いて、そろそろ戻るとしよう。そして、コンビニに寄って昼の買い物に行ったときに欲しがっていたチョコレートを買ってやろう。それでしばらくはおとなしくしているはずだ。
いざコンビニにつけば先ほどのことなんかすっかり忘れて、あれがいいだのこれがいいだの騒ぐに決まっているがしょうがない。なんてったって相手は悪魔なのだから。
なまえにとっては残念ながら、職業がら悪魔の対応にも慣れているのだ。せいぜい心行くまで楽しんでもらおう。



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