※60000記念





座椅子に座ってぼーっとしていたが、いくら暑いとは言えただ座っているだけでは退屈だ。なまえは、少し離れたところでうつ伏せに横たわっていた。たまにうめき声が聞こえるところを見ると、寝ているわけではないらしい。

手の届く範囲にあったなまえの雑誌を読んでみる。やたらと着飾ることに価値を見いだす女たちだな、という印象を抱いた。女物の服の相場は知らないが、以前なまえの買い物に付き合ったときは、これの半分ぐらいの値段だったはず。本当はこういうのが欲しいんだろうか。こうして着飾るのが、女の幸せなのか。
彼氏との夜がどうだとかいう下世話な記事に差し掛かった頃、なまえがごろんと寝返りをうった。その拍子に捲れたシャツを直してから、大の字になる。



「どうしましょう赤木さん」

「今日の夕飯か?」

「違います」

「じゃあ何だ」

「このままじゃ私、死ぬと思うんですよ」

「まぁ、たしかに暑い…けどよ」



そんなに呻くほど暑いかね。そう思ったのが顔に出ていたのか、なまえの眉間にシワが寄った。



「年取ると暑さ寒さも感じにくくなるって言いますからね」

「若い娘は敏感で大変なことで」



普段ならこの先も返ってくるはずだが、その元気もないらしい。暑さとは人をここまで弱らせるのか。



「暑いーどっか涼しいとこ行きたいー」

「北海道か?」

「ありゃダメです、下手すりゃ沖縄より暑いですよ」

「んなわけねぇだろ」

「天気予報の数字上ではそうなってます」

「じゃあなんだ、もうソ連まで行っちまうか」



冗談のつもりで言ってみると、いつの間にか起き上がってテーブルに肘をついたなまえが、きょとんとした顔でこっちを見ていた。まさか、本当に行きたいとか言い出すんじゃないだろうな。こいつの場合、言っても不思議じゃないところが恐ろしい。
俺も驚いた顔をしていたのか、なまえは堪えきれない、と言う感じで笑いだした。



「赤木さん、それ、ウケ狙いですか?」

「そりゃあお前、ソ連なんてそう簡単に行け…」

「気づきました?」

「あぁ、今はソ連って言わねえんだったか」

「それにね、仮にソ連だとしても、向こうも今は夏です」



けらけら笑うなまえを見ていると、こっちまで笑えてくる。笑いの内容としては俺をバカにしているとも取れるが、なまえが元気になるならいい、と思った。
ひとしきり笑ったあと、なまえは楽しかった、とでも言うように息をついた。



「でもよ、ロシアなら夏でも暑くないだろ」

「ロシアだって夏は30度超しますよ」

「30度なんてかわいいもんじゃねえか」

「じゃあ、連れてってくれますか?」

「なまえが用意するってんなら行ってもいいぞ、俺は」

「んー、でも手配してるうちに夏が終わってそうです」

「ハワイんときはすぐ行けたけどな」

「ハワイとロシアじゃまた違うんです」



なまえが難しそうな顔をする。何が違うんだか知らないが、周りでロシアに行ったって話なんか聞かないから、やっぱり違うんだろうなと思う。
じゃあ逆に暑いからこそハワイなんてどうだ。そう提案しようとしたとき、ぐう、となまえの腹が鳴った。さっきのお返しに笑ってやる。なまえは唇をとがらせて、近くにあったラッコの抱き枕を投げてきた。
力なく飛んできたラッコを受け止め、ふにふにともてあそんでいると、ラッコがつぶれるのに合わせてなまえがうぎゃあとかぐにゃあとか呟く。ラッコと一心同体らしい。



「昼飯もろくに食べてないラッコ君、おじさんとファミレスでも行くか」

「おじさんはまたカレーセットですか」

「そういうラッコ君はドリアだな」



ラッコに話しかけるオッサンと、声色を変えてラッコを演じる女。客観的に見て薄気味悪い空間ではあるが、公衆の面前でやっているわけじゃないから、まぁ自由だろう。



「おじさんおじさん、僕チョコパフェも食べたいです」

「しょうがねえなぁ、俺にもちょっと寄越せよ?」

「やったぁ!」



最後は地声に戻っての返答だった。いそいそと立ち上がり、干してあったシャツと短パンを持って奥の部屋へと消えた。現金なやつである。
でもまぁ、やたら着飾ってお高くとまってるを落とすのも楽しいだろうが、いまはパフェひとつで上機嫌になれるなまえを見ている方がずっと楽しい。ずいぶん保守的になったもんだ。
このまま老け込むのも腑に落ちないし、今夜あたり麻雀でも打ちに行こうか。しばらく触れていない雀荘の空気、牌の手触りに思いを馳せつつ、なまえの用意ができるのを待つことにした。



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