※50000記念




翌日のテストに備えて勉強していると、階段をどたどたと上がってくる足音が聞こえた。我が家でこんなにやかましい音を立てながら階段を上がってくるのは、妹のなまえだけだ。
まぁ、上がってくるだけならいい。いくらでも上り下りすればいい。赤ちゃんのときの泣き声に比べれば、足音ぐらいかわいいものだろう。
いま問題なのは、その足音が僕の部屋へ近づいてきて、小さな手がドアノブをまわすことだ。明日が正念場なんだから、チビの相手をしている暇なんてない。
だけどやっぱり鼻歌まじりの足音は部屋へ侵入してきた。ドアが開いたのも無視して机に向かっていると、背中に視線を感じた。気配は僕のすぐうしろにある。
やがてなまえは僕の左横へ立つと、じっとノートを見つめはじめた。僕も構わず続けることにする。
そうだ、この部屋には僕以外誰もいない。風呂上りなのか髪が濡れていて、石けんのいいにおいのする、抱くとあたたかそうな子供なんて全然見えない。



「ひろにーちゃん、あそぼ!」



やっぱり視線の重圧に耐えかねて、横目でちらりとなまえを見る。するとばっちり目があって、そう叫ばれた。



「あのさ、なまえ」

「なぁに?」

「いまのお兄ちゃんの様子見て、どう思った?」

「あんねー、おべんきょしてるなっておもった」

「うん、わかってるなら邪魔するなよ?」

「だからおべんきょやめてあそぼ?」



勉強をやめていれば、邪魔していることにはならない。そう言ってるつもりらしい。
一瞬なぜか納得しかけたが、そういうことじゃないだろう。5歳児に言いくるめられてどうする。



「なまえね、あやとりしたい」

「母さんに相手してもらえよ」

「じゃあ学校ごっこ!」

「父さんの方が喜ぶと思う」

「いや!ひろ兄ちゃんがいいの!」



口をとがらせて、少し怒った様子でなまえが見上げてきた。吊り気味の目の様子が、小さいころの僕の写真とそっくりだ。
やっぱりきょうだいなんだなぁ。それなら言ったら聞かないところもまたきょうだいか、と悟って、僕はなまえに付き合ってやることにした。どうせもうすぐなまえは寝る時間なのだから、息抜きだと思えばいい。



「しょうがないな…髪、乾かしてやるよ」

「やったぁ!兄ちゃんだいすき!」

「はいはい、そりゃどうも」

「ほんとだよ!なまえね、大きくなったら兄ちゃんと結婚するんだもん!」



ねー、と僕に同調を促す。なんだよ、その「兄ちゃんもなまえのこと好きでしょ」って信じて疑わないような目は。思わずかわいいとか、思っちゃったじゃないか。
なんだか無性に照れくさくなって、なまえの首にかかっていたバスタオルを頭にかぶせて、乱暴に拭いてやる。きゃあきゃあとはしゃぐなまえの声がすごく楽しそうで、僕はもっと早く相手をしてやればよかったなぁ、と思ったのである。




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