※50000記念





「あれ、アカギさん帰ってきたの?」



玄関横の台所で茶碗を持ったまま、なまえが頓狂な声を上げた。驚いたのはこっちの方だ。まだ6時を少し過ぎた頃で、まだなまえは寝てると思っていたのに。



「ずいぶん早起きじゃない」

「今日、日直だもん」



答えながら手に持っていたなまえ用の茶碗にご飯をよそって、それを俺に渡す。運べということだと思ってちゃぶ台に置くと、なまえがもう1つ茶碗を持ってきた。今度は普段俺が使っている大きい方だ。
ちゃぶ台の上には卵焼きと魚が置いてある。



「はい、お味噌汁」

「どうも」

「アカギさん、お魚食べていいよ」

「いい、なまえが食べれば」

「卵焼きも半分食べる?」

「いらない、それ甘いでしょ」



なまえが自分で食べると思って作ったんだから、相当甘いはずだ。よくそんな甘いのでおかずになるな、といつも思う。
味噌汁の大根をかじっていると、予定通りのものを食べられるはずのなまえは、なぜか俺を恨めしそうに睨んでいた。感謝こそされ、恨まれる覚えはないが。そんなに俺に魚を分け与えたかったのか。



「いいよ、俺これから寝るから」

「アカギさん、昨日までろくなもの食べてないでしょ、ちゃんと食べなきゃ」

「なまえこそしっかり食べないとまた授業中に腹鳴るぜ」



卵焼きを頬張ったまま、今度は頬を膨らませる。顔の筋肉が器用なやつだ。



「アカギさんもさ、ふらっと出てって急に帰ってこないでよね」

「帰って来ない方がよかった?」

「そうじゃなくてぇ!」

「クク…わかってるよ、連絡しろってことだろ」



ころころと表情を変えるなまえが面白くて笑うと、今度は味噌汁をすすりながら口を尖らせている。わかってるならちゃんとして、と言うことだろう。
わかっていても、できることとできないことがある。なまえがいつまで一緒に暮らすのつもりなのかはわからないが、その気があるなら割り切ってもらわないと。



「あ、ほらもうこんな時間、早く行かなきゃ!」

「皿、洗っとくから置いておけば」

「うん、ありがとうアカギさん!」



残りのご飯を味噌汁で流し込むと、なまえは慌ただしく立ち上がった。ぱたぱたと小走りで部屋から出てきたときには、赤いランドセルと黄色い帽子の、立派な小学生が出来上がっていた。



「ね、アカギさん」

「なに?」

「いや、…やっぱなんでもないや」

「ふーん」

「あのさ」

「早く行くんじゃないの」

「そうなんだけど…ね、お味噌汁、おいしかった?」

「あぁ…」



なんだかじれったい言い方をするところを見ると、味噌汁の件について本当に聞きたいわけではないようだ。その証拠に、いいとも悪いともはっきりしない返事をしても、それ以上追求されることはなかった。



「じゃあ、行くね」

「いってらっしゃい」

「…ね、アカギさん」



今度は何。そう言う代わりになまえの顔を見ると、口をもぐもぐさせて、照れくさそうな表情をしていた。



「今日アカギさん、なまえが帰ってきたときにもいる?」

「たぶんね」

「じゃあさ、今日の晩ごはん、お鍋にしようね!」

「俺は何でもいいけど」

「帰ってきたらさ、一緒にお買い物いくんだよ!」

「はいはい」



ぱっと明るい表情になって、嬉しそうに矢継ぎ早にそう言うなまえを見ると、なんだか笑えてくる。俺が家にいる、たかがそんなことでこんなに喜べるような環境を作っているのは俺自身だが。
じゃあ、いってきます。そう言ってなまえが元気に家を飛び出して行ったあとのドアを見ながら、そう言えば皿を洗うって言ったんだったなぁ、と思い出す。一切れ残っていた卵焼きをつまんで口に入れると、やっぱり馬鹿みたいに甘かった。




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