※50000記念



「なまえ、ちょっとそこに正座しな」

「へ…?」



晩ごはんを食べ終わって、お皿を下げようとしたとき突然沢田さんが言った。
沢田さんの右手は、自分の前方を指している。



「ちょっと待ってください、これ、片付けちゃいますから」

「さっさと座れや、時間がねぇんだ」



ああ、そういえばこれから来週の勝負の打ち合わせがあるって言ってたなぁ。でも何をそんなに急いでるんだろう。今日の晩ごはんは少し早めだったから、時間はまだありそうなのに。
そう思って、テーブルの上のお皿から沢田さんの顔へと視線をあげると、沢田さんは怒ってるような真剣な顔をしていた。

もしかしてお説教だろうか。お説教されるような心当たりなんて…たくさんあるけど…。
沢田さんが帰ってきたのに気づかないで寝てたこととか、掃除をちょっと手抜きしちゃったこととか…。それとも味噌汁がしょっぱかったかな…。

怒られるかもしれないと思って、こうやってドキドキしてるということは、以前にも同じようなことがあったということだ。3日連続で炊飯器のスイッチ押し忘れたときとか、やかんを火にかけっぱなしでうとうとしちゃったときとか、よそ見してて危ないお兄さんにぶつかったときとか。うーん、全部「ボーッとしてないでしっかりしろ」って話だった気がする。



「なまえ?」

「はい!今行きます!」



意を決して、沢田さんの前に座った。
沢田さんの口から出てくる言葉を俯いて待つ。目も閉じていたかもしれない。ふと気づくと、沢田さんの頭が私の膝にのっていたのだ。



「なんだなまえ、そんな驚かなくてもいいじゃねぇか」

「う、うん…?」

「そんなにおかしいかよ、こんなジジイに膝枕するのはよ」

「いや、私てっきりまた叱られるのかと…」

「え?」



今度は沢田さんが驚いた顔で私を見た。呆気にとられたように瞬きしているのを見て、ちょっとかわいいと思う。



「何で俺が叱らなきゃならねぇんだ」

「え?…えーと、心当たりは…いっぱい…」



沢田さんの右手が伸びてきて、私の頬に触れた。その優しい触れ方が、昔お母さんが頭をなでてほめてくれたときのようだった。
なんだか嬉しくなって頬を弛ませていると、沢田さんおかしそうに笑い出した。



「よく一瞬でそんなに顔変えられるもんだな」

「そんなことないですぅ」

「ほら、今度はフグみたいに膨らんでやがる」



今度は私の頬をつつきながら沢田さんは笑った。



「沢田さんこそ珍しく甘えん坊じゃないですか」

「ま、たまにはいいだろ」

「私はいつでもかまいません」



沢田さんの手が離れていった。それだけでひどく寂しい気がしたけど、表には出さないように、慎重に顔の筋肉を動かす。



「もうしばらく寂しい思いさせるが…」

「大丈夫です、私のことは気にしないでください」

「顔には寂しいって書いてあるぜ」



努力の甲斐むなしく、沢田さんにはバレバレだったみたいだ。私が何か隠し事をしてると、だいたい沢田さんは言い当てる。反対に、私は沢田さんが隠し事をしててもわからないと思う。
それが悔しくて、どうしたらそんなにぴたりと言い当てることができるのかと聞いたことがあるけど、その時は「亀の甲より年の功、だな」と言われた。だけど私が沢田さんぐらいになっても、沢田さんのようになっている自信はない。




「このヤマが終わったら、いっぱい遊んでやるよ」

「私、そこまで子供じゃないです」

「拗ねるな拗ねるな」



そう言ってまた笑ったあと、沢田さんは時計を見たようだ。
もう時間なのかな。楽しい時間って本当にあっという間なんだなぁ、と考えていると、沢田さんが右を下にするように向きを変えた。



「30分経ったら起こしてくれ」

「わかりました」

「なまえ」

「なんですか?」

「…いや、なんでもない」

「え、気になります」

「なんでもねぇよ、おやすみ」

「…おやすみなさい」



沢田さんが何を言おうとしたのかすごく気になった。起きたら聞くことにしよう。
膝の上の、本当なら私の手なんか届かないようなところにいる人の頭をなでていると、なんだか不思議な気分になってきた。好きです、と呟くと沢田さんの口角がにやりと上がった。
狸寝入りですか。そう言おうと思って、やっぱり言葉を飲み込んだ。狸寝入りでもなんでもいいじゃないか、沢田さんがいてくれれば。

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