※50000記念
パッと目を開くと、目の前は黒一色の世界だった。隣から自分のものではない呼吸音が、次いで時計の秒針が進む音が耳に入ってくる。あぁ、そうか。今日はおじさんが来てるんだった。 おじさんの娘…つまり従妹のなまえと一緒になって寝てしまったらしい。枕元の時計を見てみると、まだ2時を少し過ぎたところだった。朝までもう一眠りしたいところだったけど、早く寝すぎたからか、変に目が冴えてしまって寝れる気がしない。
壁の方に寝返りを打つと、なまえの顔がすぐそこにあった。ふっくらと子供らしいほっぺたをつついてみると、もぐもぐと唇が動いた。普段ひとりで寝ている布団の中に別の体温があるのがなんだかくすぐったい。 俺の片手ですっぽり隠せてしまいそうな顔や一口で食べれそうな握りこぶしとか、大人とは違った造形がすごく興味をそそった。ただ大人のミニチュア版というわけではなくて、子供には子供の「かたち」がある。 俺にもこういう時代はあったはずだけど、そのとき親や周りの大人はやっぱりこういうことを考えたんだろうか。なまえも同じく大きくなっていくはずだけど、そのときはやっぱり俺みたいに考えるのだろうか。
ひとしきりなまえを眺めたあと、何か冷たいものを飲もうと思って、リビングへ行った。リビングでは親父とおじさんがお酒を飲んでいた。何やら盛り上がっていて、俺なんか目に入らない様子だ。 好都合好都合、酔っぱらい2人に下手に絡まれたら面倒なだけだもの。そう考えながらさっさと水を飲んで、部屋に戻ることにした。
冷えた床にあえてしっかり足をつけて歩く。その方が布団に入ったときによりありがたみがわかると思ったからだ。 部屋のドアを開けようとしてドアノブに手をかけたとき、何かドアの向こうに気配を感じた。一応気配に注意してそっとドアを開けてみると、そこにはなまえがいた。
「零くん…」
「あぁ、ごめんなまえ、起こしちゃった?」
ふるふると首を横に振ると、なまえは俺に抱きついた。昼間の様子とだいぶ違った反応に新鮮さを感じたが、それだけなまえにとって大きな何かがあったと言うことだろう。
「夢でも見たの?」
「わかんない」
「もう大丈夫だから」
「でも零くんいなかったんだもん」
「大丈夫大丈夫、夢だよ、それ」
でも零くんいなかったんだもん、と繰り返して抱きついてくるなまえの声は、次第に鼻声になってきた。寝ぼけてるんだなぁと思いつつなまえを抱き上げると、細い腕が首周りに伸びてくる。 そのまま2人でベッドに潜り込むとまだ布団は温かかった。すっかり冷たくなっていたなまえの足を揉みながら、なまえの目が覚めるか、再び眠りにつくのを待つことにしよう。
「零くん」
「落ち着いた?」
「うん…」
俺の足もだいぶ温まってきた頃、なまえはまだ鼻をぐすぐずと鳴らしながら俺の名前を呼んだ。 濡れた大きな目が、カーテンの隙間から漏れる光を反射して光る。昼間は太陽を映してきらきらと輝くその目は、同じ目だとは思えないほどに弱々しく、ぼんやりとしていた。
「じゃあ、もう1回寝ようか」
「ねないの」
「まだ夜だよ」
「ねないもん」
そう言ってまた口元が歪んで、目に涙が滲んでいる。よっぽど怖い夢を見たらしい。そして目覚めると見知らぬ部屋で、一緒に寝ていたはずの俺もいなかった。それが深夜ということも相まって、なまえの恐怖心を刺激して止まないのだろう。 小さなことのように見えるが、小さななまえには大きなことなのだ。それじゃあお兄さんの俺が一日の長を見せてやりたいところだが、原因がいまいちわからないので下手に動きにくい。
「なまえ、何で寝たくないの?」
「またこわい夢みたらやだもん」
「どんな夢だった?」
「なんかね、こわいのがいてね、わかんないけどね、こわかったの」
原因を探ってみても、やはりよくわからない。まぁ、自分で説明できるぐらいならこんなことにはなってないか…。
「よし、じゃあさ、なまえ」
「ん?」
「手、繋ごう」
突然の申し出にきょとんとしながらも、なまえは俺の服を握っていた手を緩めて、差し出してきた。その手を受けとめながら説明を続ける。
「手繋いでたらね、同じ夢が見られるんだって」
「うん…」
「なまえが怖い目にあったらさ、俺が助けに行くから」
「…ほんとに?」
「うん、本当」
もちろんそんなのおとぎ話だって俺は知ってるけど、なまえは納得したようににこりと笑うと目を閉じた。 なぜ夢を見るのか、夢がなぜ怖いのか、怖いとは何か、夢と現実とは何か。俺は怖い夢を見たとき、そういう理屈を考えることで恐怖心を忘れようとする子供だった。そんな自分と比べるとなまえがひどく幼く見えるが、これが年相応というやつなんだろう。
なまえの呼吸が深く、規則正しくなっていって、俺の手を握る力がゆるんで来た頃、やっとまぶたが重くなってきた。このまま手を離してしまおうかと思ったけど、考え直して逆に強く握り返した。 もしかしたらもしかして、同じ夢を見られるかもしれない。そんな子供じみた「夢」に身を委ねてみたい気がしてきたからだった。
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