今日は遅番だった村上が出社したのは、正午を少し過ぎた頃だった。一部の従業員のロッカーが置かれているスタッフルームで身支度を済ませたあと、いつも通り事務室へと向かう。ドアをノックしようとしたその時、中から甲高い声が漏れたのを村上は聞き逃さなかった。 一体誰の声だろうか。当然ながら、一条の声ではない。だがしかし彼の性格から考えて、こんな昼間に職場に女を連れ込んで、あまつさえそのような声の出る行為をするとは考え難い。この時間なら、他の従業員も皆出払っているはずだ。 村上が意を決してドアをノックしてみると、意外にもあっさり「入れ」との指が出た。安堵のあまり、その声が不機嫌さを帯びていたのには気づかなかったよ うである。
「おはようございま…どうしたんですか店長」
村上の目に映ったのは、見慣れた店長が、見慣れた事務室で、見慣れぬ子供と一緒にいるという、日常なんだか非常なんだかよくわからない光景だった。2人の前には仕出しの弁当箱が並んでいて、食事中だということを示している。
「いまお昼だからねー、こんにちはだよ?」
「口に物を入れたまま喋るなと何回言えばわかるんだ」
「だってあのおじさんまちがってるんだもん!」
「大人の世界ではそういうことになってるんだ!」
いまいち状況を理解しかねて村上が立ち尽くしていると、一条は席を勧めた。村上は少し迷って、一条の向かいに座る。 親類の子供で、今日1日預かることになったなまえだ。一条が説明した。 子供の名前を紹介して、業務連絡をしている間にも2人の食事は続いていた。一条の箸がせっせと動くが、食べているのはなまえばかりだと村上が気づくのにそう長い時間はかからなかった。 見たところ、なまえはひとりで食べられないほど幼いわけではなさそうだ。
「あの、店長、なんでわざわざ食べさせてやってるんですか?」
「自分にやらせて、食べこぼされたら面倒だろうが。汚れる」
「はぁ…」
「せーやくんはやくぅ」
「ちゃんと30回噛みなさい」
そう言いながらなまえの口にウインナを放り込む一条の弁当は、ほぼ手付かずのままだった。一条は仕出し弁当の類いが嫌いで、普段なら絶対に手を出さないところである。 慣れない育児に相当消耗してるんだなぁ、と村上は思った。
やがて(実質なまえのみだが)昼食も終わり、一条と村上もそれぞれの仕事に取りかかりはじめた。そうなるとつまらないのはなまえである。 最初は一条にぴったりとくっついて、事務所を興味深げに見ていたなまえも、次第に飽きたらしく今度は監視カメラのモニターに注目していた。あまりいい映像ではないよなぁと思いつつも、ピリピリした一条の雰囲気を察している村上は何も言えない。
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