枕元でジリジリとけたたましく鳴り響く目覚まし時計を、手探りで止める。このままじゃ二度寝で遅刻パターンだ、と思いながら、目を開けようと努力するが、なかなかに骨の折れる作業だ。
店長ムカつくし、締日は昨日までだし、昨日ミスしたし、もういっそブッチしちゃおうかなぁ…。そんな邪な考えで脳内を満たしていると、5分経ったことを告げるために、再びアラームが鳴り響いた。



「んん…早く止めてよなまえちゃん…」

「やだ…もう無理…」



止めるのも面倒だけど、枕元で鳴り続けるのもうるさいので、もぞもぞと頭まで布団の中に潜った。まだ朝晩は肌寒さの残る春の布団は、天国にも等しい。このまま布団にいると遅刻するぞ、という神の声が聞こえたが、そんなのは聞こえなかったことにしたかった。
布団の中から三好の腕が出ていったと思うと、アラームが止まった。なにやら瞼の上から光を感じて、ひやりとした空気が首筋をなでる。どうにかうっすらと目を開けてみると、布団の入口のところから、まだ目が半分ぐらいしか開いていない三好がこちらを見ていた。



「寒い…」

「起きなくていいの?」

「起きなきゃだけど…」



うっすらと開けた目が、再び何か魔法にかかったようにくっつきたがる。とんだ仲良しじゃないか、私の上瞼と下瞼は。
そのまま布団の中で三好に背を向けて丸まっていると、上腕のあたりに何かが触れた。三好の腕だろう。次に、布団と腰の間にも腕が差し込まれて、つまり私は三好に後ろから抱かれる形になった。妙に湿っぽい手が私の手を握ってくる。



「うわ、なまえちゃん手ぇ冷たっ」

「なんでそんな手、湿っぽいの」

「布団の中あったかいもん」



まだうまく回らない舌を動かしながら、他愛のない話を3つ4つ交わしているうちに、だんだんと目が覚めてきた。
布団の中で抱きしめていた三好の腕をかいくぐって、顔を布団から出す。そして体も出そうとしたが、その思いは腰を引き寄せられて叶わなかった。



「放してよ、もうそろそろ…」

「やだ」

「…は?」

「さびしいもん」



私の背中に顔を埋めてそう呟いたのは、紛れもない成人男子だ。ちょっと思い出したくないけど。
三好の方に体の向きを変えると、すぐ近くに三好の顔がきた。相変わらず何を考えているのかわからない、でもバカだってことだけは一目でわかるような顔をしている。無駄にかわいい目がまたアホっぽい。



「いいから放してよ、着替えなきゃ」

「やだやだぁ」

「気持ち悪いなぁ…」



眉毛を八の字に下げて、目を潤ませて、そんなバカの顔が目の前にある。そんな状態を少し想像してみてほしい。そのときに感じた、もやもやした気持ちを10倍ぐらいに濃縮して、そこに怒りをぶつけよう。それが私の今の気持ちだ。



「いい加減に…」

「ね、なまえちゃん」

「何」

「おはようのチューは?」

「は?」

「だから、おはようのチュー」

「なんで三好って、朝に限ってこうなのかなぁ」

「うん?」

「やった後はひとりでさっさと寝ちゃうくせに」

「痛っ」



調子のいい三好と、少し口をとがらせて上目使いの三好を少しでもかわいいと思ってしまった自分に腹が立って、八の字の上にある額を叩いた。ぺちんといい音がしたから、やっぱり三好の頭の中はからっぽに違いない。
大げさに額を両手で押さえた隙を見て、私は布団から這い出た。私が用意を終えて出ていく頃には、三好はのんきに二度寝をはじめているだろう。そのときは布団ごとひっくり返してやる。
そう考えた次の瞬間には、私の頭の中は「まだ冷蔵庫に牛乳は残っていただろうか」ということでいっぱいになっていた。




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