「あれ〜、おっかしいなぁ」
三好が、10分ほど前からガサゴソと部屋の中を動き回っていた。どうせまた何かをなくしたんだろう。 一生懸命探してるような顔をしているけど、脱ぎ散らかした服だとか、投げっぱなしの漫画だとか、そういうものの下を探すということをしないのだ。四角い部屋をまるく掃く、という言葉と、汚い部屋の表面を探す、という言葉は等しいと思う。後半は私が考えたものだけど。 四角い部屋をまるく掃いて、汚い部屋の表面を探す三好は、日に3度は探し物をしている。散らかすのは自分なんだから、それを直せば3日に1度ぐらいになるのに。
いつもなら探し始めてすぐに、何を探しているのか聞いて欲しそうな顔で私を見るのだけど、今日は違った。必死というか懸命というか…。そう言えば10分も探しているなんて三好にしちゃ珍しい。
「今度は何なくしたの?」
「なまえちゃん…」
「携帯ならそこにあるけど」
「いや、あのね、その…」
「財布はそっち」
「僕の指輪、しらない?」
眉毛を八の字にしたまま、首を傾けて三好は言った。携帯やら財布やら普段の探し物なら、三好のかわいらしい姿に免じて一緒に探してあげることにするところだ。 でもあいつ今なんて言った?指輪?
部屋がこんなに汚くても平気で、もっと言えば1週間ぐらい風呂に入らなくても平気な顔をしている三好は、もちろん指輪なんて1つしか持っていない。3ヶ月前に珍しくパチンコに大勝して、そのお金で買ってくれたペアリングだ。 お前これまでにいくらつぎ込んでんだよ。1回勝ったぐらいでいい気になってんじゃねーぞ。そう言いたいところだったけど、勝った分をさらにつぎ込まなかったこととか、私のために指輪なんか買ってくれたのが嬉しくて言う機会を逃した。
いつか喧嘩したときに言おうと思っていたけど、これまた三好にしては珍しく、今まで1回もなくさずに大事に大事にしていた姿に心を打たれて、そのことには言及しないことにしたのだ。
「信じらんない…」
「ごめんね…」
「最後に、どこではずしたの?」
「昨日エッチするときにはずして、テーブルの上置いといたはずなんだよ?」
「さっきご飯食べるときにテーブルの上のもの、全部床に下ろしてたじゃん」
「そーなんだけど…」
床に下ろすというよりは、雪崩のように無造作に落としたから、そんな表面だけ探してて見つかるはずがない。床を這いつくばって探しているその頭を蹴り飛ばしたい気持ちもあったけど、なんだかもうどうでもよくなってきた。 一応、悪いことしたってわかってるみたいだし。外したのは部屋の中なんだから、そのうち見つかるでしょ。何よりも、無駄なエネルギーを三好に使うのがもったいなかった。
「もういいよ、三好」
「なまえちゃん…」
「これに懲りてちゃんと掃除してね」
蹴り飛ばす代わりに額をこづいてやると、三好は目を潤ませて抱きついてきた。 正直気持ち悪い。小さな子供ならまだしも、いいトシした男だといいうのに。 でもそんな三好を放っておけないのも事実で、何がいいんだか全くわからないけど、私は気づいたら三好と同棲していた。
「なまえちゃん大好き!」
「いやーほんと気色悪い!申し訳ないと思ってるならシャキっとして、ほら離れる!」
「はいっ!」
パッと身を起こした三好は、「シャキっと」のつもりなんだか知らないけど、敬礼をした。シャツとパンツ姿でそんなポーズをするのは、軍人さんに失礼というものじゃないだろうか。
「って、あぁ?」
「ん?どしたの、なまえちゃん」
「三好、お前の中指についてるそれは何だ」
「あ、あった」
老眼のオヤジかお前は。メガネメガネ…あらやだお父さん、頭の上にありますよ…。 バカと付き合ってる自覚はあったけど、ここまでバカだとは思わなかった。指輪のついている指が毎日違うのも、もしかしてペアリングのなんたるかを知らないからだろうか。 そうして私は情けなさに目頭を熱くしながら、指輪の定位置を教えることにしたのだった。惚れた弱みってやつは、なかなか恐ろしいものである。
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