「お人形、いっぱいだねぇ」



なまえが、ショッピングモール店内の目立つところに並ぶ雛人形を見て、感心したように呟いた。そういやもうそんな時期か。今まで大して意識したこともなかったが、なまえも一応雛祭り商戦の対象者だ。



「みんなふたりずつ?」

「あっち行ったら段飾りもあるぞ」

「ふたりじゃない?」

「なまえ、雛人形知らねぇのか?」

「しらない…」



対象者がまさか知らないとは思わなかったが、まぁそれなら今教えればいいだろう。そう考えて端の方にある段飾りのコーナーへ連れて行った。
さすがにここまで立派なものになると、こんなところで買う人もそうそういないらしく、向こう側の賑わいに比べると随分人気がない。



「おじさんいっぱいいる」

「あっちにあるのは、これの一番上だけのやつな」

「およめさん?」

「そうそう、お雛様」

「もう1人は?」

「お内裏様か」

「おひなさまもう1人どこ?」

「1個ありゃ十分だろ」

「天さん2人いるもん」



さも当然そうな顔でなまえは言った。俺も世間の常識だとかに囚われる方じゃないが、なまえもこう見えてなかなかの大物かもしれない。周りの教育の賜物か。きっとひろゆきあたりがこれを聞いたら、だから友達は選べと言ったのに、と頭を抱えるところだろう。
そこまで考えて笑ってたところで、なまえがまた困った顔で見上げているのに気づいた。なんでもないと言う代わりに頭を撫でてやって、再びさっきの場所に戻る。



「おひなさま、顔こわい…」

「まぁ、たしかに…」



順番に並ぶ雛人形を見ても、どれも同じ顔にしか見えない。日本人形って夜中に髪が伸びるんだってな。そう言おうとしたが、夜の平穏のためにやめることにした。



「お、この辺のやつ、なまえ好きそうだな」



昔ながらの雛人形コーナーを過ぎると、2人合わせて手の平に納まりそうな大きさだったり、何かのキャラクターだったり、細々とした雛人形の棚があった。さっきまでのおっかなびっくりな態度が一変して、今度は嬉しそうに眺めている。



「白い猫、オスもいるのか」

「ダニエルだよ」



一緒になってしばらく眺めてみたが、一通り眺めるとそれ以上の興味は湧いてこなかった。しかしこの小さな雛人形の集まりはなまえの心を捕らえて放さないらしく、10分経ってもなまえに飽きる様子は見られない。このままじゃ切りがなさそうだ。
どれか欲しいのがあるなら買ってさっさと帰りたいところだが、なまえに聞いたところで「いらない」の一点張りなのは目に見えてる。なまえを観察してみると、平等に興味を注いでいるように見えて、実は1つの雛人形に注目しているらしいことを発見した。



「このウサギのやつでいいか?」

「…?」

「ずっと見てただろ」

「いいの?」

「遠慮することはねぇさ、女の子の祭なんだからよ」



番号を確認して箱を渡すと、少し上気した顔でしっかりと持ちなおした。



「レジ行くぞ」

「ね、赤木さん」

「うん?」

「ありがとう」



なまえは俺の魂胆も知らないで、とびきりの笑顔で礼を言った。騙したような感じで、なんとも言いがたい気持ちだ。寝覚めが悪いとはこういうことを言うのだろうか。



「どうしたの、赤木さん」

「あぁいや、何でもねぇよ」



嬉しい顔のまま見上げるなまえの頭をぽんぽんと撫でて、その小さな手を引いてレジへ向かう。
俺の内心がどうであれ、なまえが今幸せそうならまぁ、いいか。その考えにたどり着くまで、そんなに時間はかからなかった。






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