いつも通り湯船に湯を張ってあとは入るだけ、というところで、天にもらった柚子のことを思い出した。冬至だからということで、天とその嫁の2人が、それぞれ買ってきてしまったらしい。仲がいいのか、意思疎通ができていないのか…。
 どれぐらい柚子を入れたらいいものかわからないが、とりあえず半分入れてみる。まぁ、妥当なところだろう。



「お風呂できた?」

「あぁ、着替え用意してくるから、先入ってな」



 こくりと頷いて靴下を脱ぎ始めたなまえを尻目に、俺は一旦風呂場を後にした。2人分の着替えを用意して風呂場に戻る頃には、なまえは湯舟に浸かっているだろう。
 そう思っていたが、いざ用意を整えて行ってみると、なまえはまだ湯舟には入っておらず、縁に手をついて水面を見つめていた。



「どうしたなまえ、寒いだろ」

「みかんがお風呂はいってる…」



 そう言ってゆずを1つ向こうへ押してはまた別の柚子が押し返され、他のを押してはまた1つ返ってくる。どうやらなまえは、この地道な戦いをずっとしていたらしい。



「大丈夫だって、別に害はねぇからよ」



 シャツのボタンをはずしながら説明したが、結局なまえは俺が風呂に入る段階になっても、まだ困った顔をして柚子の浮かぶ水面を見ているばかりだった。このままじゃ埒が明かなそうなので、俺が先に湯舟に入って、なまえを抱き上げて入れてやる。



「ほら、入っちまえば恐かねぇだろ」

「うん…」

「恐がりだなぁ、なまえは」



 クククと笑いながら言うと、なまえは鼻の下まで湯に浸かって、ぶくぶくと息を吐いた。照れているらしい。



「なんでみかん、お風呂はいってるの?」

「みかんじゃなくて柚子、な」

「ゆず?」

「そう、柚子風呂って言ってな、冬の風物詩だ」

「ふーぶつし?」

「あー、まぁ、温まるし良い匂いだし、悪くはないだろ?」



 なまえは両手に柚子を持って、首を縦に振った。無事に柚子と仲良くなれたようだ。人見知りどころか柚子見知りまでするとは、なまえの警戒心の強さを再認識させられる。こんな様子で、この先長い人生は大丈夫だろうか。
 そんな心配をよそに、なまえは柚子を湯舟の淵並べてみたり、沈めては手を放してみたり、楽しそうに遊んでいる。



「まだ残ってるから、あと1回ぐらいはできるぞ」

「ゆずは食べない?」

「食わないこともないけど…ミカンみたいに実を食うもんじゃねぇからな」



 それでもまだ納得しきれないのか、なまえは皮を剥こうとして、その硬さにまた苦戦していた。



 その晩、先に寝ていたなまえの横に入り込むと、ほんのりと柚子の香りが残っていた。布団に入ったばかりなのに温かいのは、柚子のおかげか、なまえという天然湯たんぽのおかげか。
 自分みたいなオッサンからもこんな香りがしていると思うと、多少薄ら寒い気がしなくもないが、それも含めて気分がいいのも事実だ。天一家の気まぐれには感謝しておこう。
 明日の晩は湯豆腐に決まりだな。そこで柚子を添えてやればなまえも納得するだろう。ぽかぽかと温かいなまえを抱きながら、自然と湧き出る眠気に身を委ねた。








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