コタツを考えたやつは本当に天才だ。寒い冬、足を突っ込んでいて眠くならないやつがいたとしたら、そいつは日本人ではない。今日は嫁もふたりともいないし、誰も訪ねてこない。なんて平和で、そしてなんて退屈な午後だろう。寒い冬で、俺は日本人でコタツに足を突っ込んでいるから眠い。夕方まで一眠りしよう。
そう思って、横になったのはどれぐらい前だったんだろうか。横になったときの時間は覚えていないが、20分も経っていないはず。まぶたの上からでもまだ日が照っているとわかるぐらい昼間だ。嫁さん方は夕方に帰ると言っていたが、もう帰って来たんだろうか。何者かに顔を触られていた。その手を掴んでみるとやけに小さい。
俺は目を開けた。そしてそこに、驚いた顔をしたなまえがいるのを見て思い出したのだ。今日はなまえを預かっていたんだ、と。
「いやぁ、悪い悪い、あんまりにも静かなもんだから忘れ…いやいや、忘れてたわけじゃあないんだ」
我ながら苦しい言い訳だ。なまえはここの客にしては静かすぎる。赤木が「紙とクレヨンを渡しておけば何時間でも絵を描いてる」と言っていたが本当だったようだ。 俺は仰向けになって、驚いたのか固まっているなまえを腹の上にうつぶせに置いた。こんなに軽々しく持ち上がっていいのだろうか。
「チビすけ、ちゃんと赤木に飯食わせてもらってるか?」
「もらってる」
「じゃあその倍、食いなさい」
食べれない、と言いながらなまえが上半身を起こした。いわゆる馬乗りってやつだろうか。苦節数ヶ月、ここまで慣れてくれたと思うと感無量だ。極力小さい声で話して動かなければ、と言う条件付きだが。一体俺は何だと思われてんだ。いくら俺がでかくたって、頭から食ったりなんてしないのによ。
「痛い?」
「ん?軽いからもっと食えって…」
なまえはなんだか難しそうな顔をして、そして俺の顔の傷をなぞるようにして触った。撫でるように、優しく。さっきうたた寝していたときに触られたのと同じ場所だ。
「いーや、もう痛くねぇさ」
「痛かった?」
「そりゃあ、そん時はな」
「泣いた?」
「泣かねぇよ、男だもの」
一瞬驚いて、また難しそうな顔に戻った。まだ片手で足りるほどの年数しか人生を送ってないはずだが、俺の人生の最初の10年分はすでに悩んでいるんじゃないだろうか。代わりに出す物音は10分の1だ。だけど、そうだからこそ赤木の「守ってやらなきゃ」と言う使命感を刺激して止まないんだろう。使命感が無意識にしろ意識的にしろ。そう言う存在も人生には必要だ、と赤木は気づいただろうか。
なまえは俺の腹から降りると、隣の隙間に入った。またしばらく会話もなくなって、時計の秒針の音だけが響いている。なまえもちゃんと日本人だったらしく、あくびをした。目が合ったなまえは気持ちよさそうに微笑んだ。
「寝るか」
小さく首を縦に振ったなまえの頭を撫でていると、だんだんこっちまで眠くなってきた。なまえの肩に毛布をかけて、自分もそのおこぼれに預かることにしよう。こう言うのを小さな幸せって言うんだろうなぁ。なまえにもわかるだろうか。なんて平和な昼下がり。
.
|