21時を回っていただろうか。天のところになまえを迎えに行くと一緒に食べて行けと言われて晩飯を食べた。どちらの嫁が作ったのか、もしくは2人で作ったのか知らないがああ言った家庭料理を味わうのも久しぶりだ。普段俺と2人で外食か、たいして上手くもない俺の料理を食べているなまえにもいい体験だっただろう。 なまえの歩幅に合わせて、手を繋いで歩く。その手がいつもより温かい。
「眠いか、なまえ」
「ねむくない」
そう答える声は、いつにも増して「蚊の鳴くような」と言う表現がぴったりな声だった。眠くないと言いつつもすでに足取りのおぼつかなくなっているなまえ。その眠るまいと頑張ってはいるが眠気には到底勝てそうもない、子供らしい無駄な抵抗がかわいらしくてついついにやけてしまう。俺は立ち止まって、急に立ち止まった俺を不思議そうに見上げるなまえを抱き上げた。
「ほら、寝ていいぞ」
「だいじょぶ」
「なようには見えねぇなぁ」
5秒ほど顔を見つめて、諦めたのか自分の眠気を認めたのか、なまえは俺の首に腕をまわして抱かれる体制に入った。なまえの頭の重みを肩に感じながら歩きだす。
「あっ」
再び頭を上げたなまえが、何かを指差している。たぶん見ろと言うことなんだろうが、なまえが指差しているのは俺から見ると後ろである。少し体の向きを変えて目当ての方向を見ると、そこには綺麗な月があった。
「まんまる…」
「…あぁ、中秋の名月、か」
「ちゅうしゅうの?」
「十五夜って言ってな、月を見る日なんだよ」
「どうして?」
「さぁ…」
確かにどうして、だ。別に月なんて空を見れば昼間でも見える。わざわざ暦を計算してまで決めて見るなんて馬鹿馬鹿しい、いつでも好きな時に見ればいいと思う。 だが今日の月は中秋の名月と言うフィルターを抜きにしても綺麗だ。子供の正直な感性を捕えたのだから、それは確かだろう。空は快晴と言うよりはむしろ薄曇りで、時折月が隠れたり、雲の隙間から光が覗いたりしている。
「帰ったら一杯やるか…」
なまえはもう眠りの世界に落ちていた。風は冷たくなってきたが、なまえの体温が暖かかった。
路地裏のうさぎ
(ハイヤー拾うか…)
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