「なまえ」
名前を呼ぶと、布団からひょっこり顔を出す。こいつは寝るとき、頭のてっぺんまで布団に潜り込むのだ。出てきて、そしてじっと俺を見る。俺が言うのもなんだが、なまえは表情の変化が乏しい。おまけに言葉も少ないもんだから、何を考えているのかわからない。それでも一緒に暮らしていると、母親が赤ん坊の泣き声で要求がわかるように、その目で何が言いたいかはわかるようになってきた。
「いや、頭まで入って苦しくねぇのか」
「だいじょぶ」
「暑いだろ」
「あったかい」
なまえの言葉は、良く言えばシンプルで無駄がない。悪く言えば口下手ってやつだ。言いたいことの半分しか言えてないと思う。その残りの半分は、こちらがその乏しい表情から察せなくてはいけないのだから、意外と手のかかるやつだ。まぁ偶然にも良いか悪いか、俺は職業柄他人の表情を読み取る能力には長けている。だからこそなまえと俺の、一見アンバランスな共同生活が成り立っているんだろう。
正直に言って、俺はなまえを引き取ったはいいが、こんなにうまく行くとは思わなかった。事実、なまえが年相応に手のかかる騒がしい子供だったらきっと今ごろ手を余していたはずだ。最初こそ警戒心で借りてきた猫状態だが、慣れてきたらそれなりに騒ぐしいろんな迷惑も被ると思っていた。そんな予想に反してなまえは大人しかったんだが。結局は人間関係なんてのは相性なんだと、この年になって気づかされただけでも大きな成果じゃないか。
「中にいるとね、赤木さんのにおいがするの」
じっと俺の目を見ながらそう言うとなまえはこっちに寄ってきた。幸せそうななまえの顔を見ているとなんだかにやけてくる。そんなだらしない顔を見せるわけにはいかないと、天井から伸びる紐に手をかけて引っ張る。なまえの手が届くようにと最近長い紐を付け足したばかりだが、最大まで伸ばすと寝たままでも電気が消せるという新しい発見もあった。
今までの数十年の生活にたった1人が入り込むだけでずいぶん様式は変わるものだ。その変化を嫌うどころか楽しんでいる自分がいるのが一番の発見だ。ずいぶん丸くなったじゃねぇか、赤木しげるも。
「年は取りたくねぇな」
「ん?」
「いや、おやすみ、なまえ」
「おやすみなさい」
また布団の中に潜り込んだなまえの頭を撫でながら、1人笑いを噛み殺す。
1つ屋根の下で
(で、どんな匂いなんだ)
(うーん…タバコと…おじさん?)
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