「天さん、すごかったね」

「バッティングは、な」

「みんないっぱい打ってたねぇ」

「相手チームだけどな」



目から上だけを布団から出して俺を見上げながら、なまえは目を輝かせて今日の野球の話をしている。野球が好きなのは確かだが、いまいちルールを理解していないようだ。バッターしか見えていないらしい。

あの事件があったあと、なまえは案外けろりと機嫌を直して草野球を観戦していた。だけどいざ移動するとなると俺の手を握って離さない。その傾向は家の中でも続いていて、俺が動くたびにうしろを付いてくるのには辟易した。
それでも夜はひとまずひとりで布団に入ったのだが、その後にこれ以上ないというぐらい困った顔で出てきた。今日の出来事を考えるとそのまま突っぱねるのもかわいそうで、寝付くまで見てやることにして、そして今に至る。



「なまえもやりたい」

「野球か?」

「うん…でもバットおもくて持てない…」

「そりゃあ、天と同じのは持てねえだろ」

「やっぱりおおきくならないとダメだね」



なまえはそう言うとわずかに表情を曇らせた。
今日のひとりでトイレに行くっていう話からしてそうなのだが、なまえは何を生き急いでいるのだろう。きっとなまえなりに思うことがあったのには違いないが、そんなもの取るに足らないことなのだと考えるのには、なまえは幼すぎるのもまた事実か。
なんだかよくわからねぇ小さなことで思い悩んでいる人間を、俺はたくさん見てきた。そのいずれも、顔を赤くしたり青くしたりしてまで悩むようなことではないように俺には思えたのだが、渦中にいる人間というのはそのことが自分の人生の全てに見えるようだ、というのも同時に感じてきた。



「明日、バットとボール、買いに行くか」

「固いもん…」

「お前みたいなのがプラスチックのやつ持ってただろ」

「もってた?」

「それで練習して、天よりもかっ飛ばしてやれ」



なまえはわかってるんだかわかってないんだかどっちつかずの目をして俺を見ている。



「なまえが何考えてるんだか、俺は知らねえ」

「うん」

「金属バットが持てるならそれを使えばいいし、持てないんなら別ので練習すりゃあいいんだよ」

「……?」

「なまえはなまえのままでいい」

「なまえ…」

「無理に自分を大きく見せようとしたってなぁ、絶対うまくいくはずねえんだ」



わかったか、と締めると一応頷きはしたが、釈然としない顔で布団の縫い目を見つめている。やっぱりまだ難しいか。俺の予定としてはここでなまえににっこり笑ってもらって1日を終える予定だったんだが。
番狂わせの1日を象徴するかのような反応を嘆きつつも大福のような腹に指を這わせるとくすぐったそうに笑ったので、まあ、それでよしとしよう。俺も人間なのだから、身を超えた幸せを求めたってうまくいくはずがない。
そんな人生ってやつが、俺は楽しくてならないのである。


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